3年ぶりに故郷を訪ねた。これは正確ではない。何度か、訪ねはしたが、血縁にまつわるところは、父母の墓も含め、避けていた。
母の実家を見た。「見た」だけである。ちょうど、実家の前にたどり着いたとき、叔母がタクシーで帰宅したところに出くわした。知らんぷりして、通りすぎる。そうか、今はこの人が住んでいるのか。この人は、大変横暴な人なので、関わりたくなくて、行き過ぎた具合。
田舎のカネ持ちの、これも田舎のドロドロとした物語もあり、母は父親が亡くなった後、(母の母は私が小学5年生の時、若くして逝った。)一切の相続を放棄した。
今見ても、大きな屋敷である。
子どもの頃、バス遠足があって、ちょうど通りかかったかとき、「おばあちゃんちだ」と言って、同級生に驚嘆されたことを思い出す。
10年前までは、叔父が暮らしていた。
一人暮らしには広すぎる屋敷の一室に閉じこもり、絵を描き、本を読むことを日課としていた。叔父は精神を病んでおり、祖父が残したカネで、働かなくても潤沢に暮らせるよう、母は相続放棄を選択したのだ。今住んでいる叔母を除いて、きょうだいにも承諾させた。
ずっと、ずっと昔。
小さな頃、母の里は楽しかった。夏にはとうもろこしをもいで、祖母が茹でてザルに山盛り。あの甘さ。なんと懐かしいこと。秋には栗を拾って、くどで焼き、バチンバチンとはぜる音を聞きながら、焼けるのを待つ。その、いっとき。
人間は、純粋では生きてけない。
叔父のことを思うと、そんなことがふとよぎる。
母の実家を見た。「見た」だけである。ちょうど、実家の前にたどり着いたとき、叔母がタクシーで帰宅したところに出くわした。知らんぷりして、通りすぎる。そうか、今はこの人が住んでいるのか。この人は、大変横暴な人なので、関わりたくなくて、行き過ぎた具合。
田舎のカネ持ちの、これも田舎のドロドロとした物語もあり、母は父親が亡くなった後、(母の母は私が小学5年生の時、若くして逝った。)一切の相続を放棄した。
今見ても、大きな屋敷である。
子どもの頃、バス遠足があって、ちょうど通りかかったかとき、「おばあちゃんちだ」と言って、同級生に驚嘆されたことを思い出す。
10年前までは、叔父が暮らしていた。
一人暮らしには広すぎる屋敷の一室に閉じこもり、絵を描き、本を読むことを日課としていた。叔父は精神を病んでおり、祖父が残したカネで、働かなくても潤沢に暮らせるよう、母は相続放棄を選択したのだ。今住んでいる叔母を除いて、きょうだいにも承諾させた。
ずっと、ずっと昔。
小さな頃、母の里は楽しかった。夏にはとうもろこしをもいで、祖母が茹でてザルに山盛り。あの甘さ。なんと懐かしいこと。秋には栗を拾って、くどで焼き、バチンバチンとはぜる音を聞きながら、焼けるのを待つ。その、いっとき。
人間は、純粋では生きてけない。
叔父のことを思うと、そんなことがふとよぎる。