今はれっきとした堅気の人で、地域の核となるような活動もしているが、元はヤクザという知り合いがいる。もう何年もお会いしてはいないが、強烈な印象は忘れがたい。
左手の小指が二関節分ない。一度はなにか不義理でもしたのか、いわゆる「落とし前」。二度目のほうは、足を洗うためのものだった。
かつてのなごりを残さないように、着るものもどちらかというと地味め。ところがやはり眼光鋭く、会社に訪ねてくださって、私がはじめてお会いしたとき、彼が懐に手を入れた瞬間、私はとっさに机の下にもぐりこんだ。てっきりピストルが出てくると思い込んだのだ。見ると、机の下に隠れたのは私だけではなかった。居合わせた誰もが、同じ行動をとっていた。
間を置いて、机の下から出てみると、以前から親しくさせていただいている夫が笑いながら握手を交わしていた。彼の手にあったのは名刺入れ。バツの悪い思いをしたが緊張が解けるとおかしくて「ヘラヘラ」と笑った。実際にやくざという人は知らないから、いろいろ聞いてみたいところだが、はばかられて聞けない。
その後、何度かお会いし一度は奥様連れだった。奥様は実に優雅というか、優しさがからだ全体から溢れ出ているような方。どこでどうして知り合ったのかと不思議が募る。なぜ結婚したのですか?と不躾な質問をした。彼の一目惚れだったそうだ。まだ現役の頃。
「結婚しないと殺されると思ったの」。背中一面彫り物だし、確かに怖いよな。けれどもそれが第二関節の欠損の原因で、むろん、相当な愛妻家になられた。
夫は、ある方からおもしろい男がいると紹介されたのだが、「温泉でもどうですか」とお誘いを受け、彼が住む地へご招待された。空港を出ると彼が待っていた。それも、なんと、大型バスを一台チャーターしてだ。客は夫ひとりである。
「どこでもお好きなところに座ってください」。びっくりしていると、冷蔵庫まで持ち込んであって、「なんでも揃っていますから、お好きな物をどうぞ」。
ガラガラのバスは二人を乗せて温泉へ。普通、彼は入れ墨があるので決して温泉になど入らないが、そこは地元の知り合いの宿。二人して湯に入る。他にも客がいる。当然、視線は彼の背中に向けられるのだが、語り口は誠に温厚だし、夫に対して敬語なんて使うから、むしろ彫り物のない夫のほうが「親分」に見えたらしく、徐々に視線は夫に移る。奇妙な一日をそれなりに楽しんだらしい。
いつだったか、彼が来て、夫と明け方近くまで飲みになった。さすがに彼が疲れ果て、左手を開いて「もう5時ですよ。5時。帰りましょうよ」。
「ねえ、みんながそうして手をあげると確かに5時だけど、○○さんだと4時半だよ」。
以来、彼には「4時半の男」というニックネームがついた。
こんな新緑の頃の雨上がりの一日、彼と夫と三人で公園を散歩したことがあった。サツキや菖蒲が咲いていた。あの公園ともすっかりご無沙汰続きだなあ。
4時半の男、はお元気だろうか。
左手の小指が二関節分ない。一度はなにか不義理でもしたのか、いわゆる「落とし前」。二度目のほうは、足を洗うためのものだった。
かつてのなごりを残さないように、着るものもどちらかというと地味め。ところがやはり眼光鋭く、会社に訪ねてくださって、私がはじめてお会いしたとき、彼が懐に手を入れた瞬間、私はとっさに机の下にもぐりこんだ。てっきりピストルが出てくると思い込んだのだ。見ると、机の下に隠れたのは私だけではなかった。居合わせた誰もが、同じ行動をとっていた。
間を置いて、机の下から出てみると、以前から親しくさせていただいている夫が笑いながら握手を交わしていた。彼の手にあったのは名刺入れ。バツの悪い思いをしたが緊張が解けるとおかしくて「ヘラヘラ」と笑った。実際にやくざという人は知らないから、いろいろ聞いてみたいところだが、はばかられて聞けない。
その後、何度かお会いし一度は奥様連れだった。奥様は実に優雅というか、優しさがからだ全体から溢れ出ているような方。どこでどうして知り合ったのかと不思議が募る。なぜ結婚したのですか?と不躾な質問をした。彼の一目惚れだったそうだ。まだ現役の頃。
「結婚しないと殺されると思ったの」。背中一面彫り物だし、確かに怖いよな。けれどもそれが第二関節の欠損の原因で、むろん、相当な愛妻家になられた。
夫は、ある方からおもしろい男がいると紹介されたのだが、「温泉でもどうですか」とお誘いを受け、彼が住む地へご招待された。空港を出ると彼が待っていた。それも、なんと、大型バスを一台チャーターしてだ。客は夫ひとりである。
「どこでもお好きなところに座ってください」。びっくりしていると、冷蔵庫まで持ち込んであって、「なんでも揃っていますから、お好きな物をどうぞ」。
ガラガラのバスは二人を乗せて温泉へ。普通、彼は入れ墨があるので決して温泉になど入らないが、そこは地元の知り合いの宿。二人して湯に入る。他にも客がいる。当然、視線は彼の背中に向けられるのだが、語り口は誠に温厚だし、夫に対して敬語なんて使うから、むしろ彫り物のない夫のほうが「親分」に見えたらしく、徐々に視線は夫に移る。奇妙な一日をそれなりに楽しんだらしい。
いつだったか、彼が来て、夫と明け方近くまで飲みになった。さすがに彼が疲れ果て、左手を開いて「もう5時ですよ。5時。帰りましょうよ」。
「ねえ、みんながそうして手をあげると確かに5時だけど、○○さんだと4時半だよ」。
以来、彼には「4時半の男」というニックネームがついた。
こんな新緑の頃の雨上がりの一日、彼と夫と三人で公園を散歩したことがあった。サツキや菖蒲が咲いていた。あの公園ともすっかりご無沙汰続きだなあ。
4時半の男、はお元気だろうか。