えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。

 「檸檬」(梶井基次郎)はこう始まる。文庫本の、わずか7ページ半。それが私の青春に直結する。正直、書き出しなど忘れてもいたのだが。
 大学生の頃、ふたつ年上の恋人と京都で待ち合わせたことがある。場所はミューズという音楽喫茶。有名だから探しておいで、と。四条通りから細い路地に入ったところに白くて古い洋館があった。ミューズはそこの2階だったと思う。
 私は、ドキドキしながら階段を上った。恋人といっても、年に数回会えるかどうか。だから会うときにはことさら緊張した。脚だってきっとふるえていたと思う。日頃は手紙のやりとりにときどき電話。
 倉敷市白楽町。地番までは覚えていない。白楽と書いて、「ばくろう」と読むのだと教えられた。
 
 ミューズでコーヒーを飲んで河原町に出た。
 歩いていくと、八百屋があった。私はそこで立ち止まった。「なに?」「ほら、レモンを・・・」。彼はうなずいてレモンを一個買ってきた。
 むろん、その後の行き先は丸善だ。本も買わずにこっそりと、レモンを置いて店を出た。私たちは共犯者。いっときだけのテロリスト。手をつなぎ、爆発するぞと駆け出した。
 途端に気持ちはウキウキし、開放感を味わった。
 
 梶井基次郎は、木っ端微塵の丸善を想像し、独り、路上で微笑んだ。

 
 息子が「いちご白書をもう一度」なんて、ギター弾きつつ歌っている。
 あの人も髪を短く切ったとき、同じようなことを自嘲気味に口にしたっけ。

 「檸檬」が書かれたのは、梶井基次郎が24歳のとき。
 景色は違っても、彼にも私にも同じ歳の時代があって・・・。彼は若くて逝ってしまったけれど。
 そして息子が私の青春の歌を歌っている。私が思い出しているものの正体などおかまいなしに。