10年以上経った今も、ときに母が生きているような錯覚に陥る。なんだかひどく安心し、その後で「現実」とやらに行き会うのだ。
亡くなった時、私は実家で二週間をただ泣きながら眠りこけていた。ともかく眠くて仕方なかった。息子は冬休みだった。弟夫婦に世話をまかせ、私は父のことも、弟のことも顧みず、ひとりどっぷりと悲しみにつかった。「なにもせず、ただ泣いているだけの身がうらやましい」と弟は言った。
そう。なすべきことはいろいろあったというのに、一切に関わらず、ただただ泣いては眠りこけた。夫は仕事に戻らねばならないが、私の狂態を案じていた。
母のことを本当は深く知らなかった自分を恥じた。私にとって、母は母であり、その内側を覗くことを怠った。しっぺ返し。後戻りできなくなって、母は「母」以前にひとりのひとであることに、ようやく気付いた。
亡くなって数日後、母の昔からの友人という人に会った。その人は、母のことなら何でも知っているというふうな事を言った。聞きたくなかった。話の途中で中座した。あの人が母を返してくれるというのなら、どんなことでも聞いただろう。思い出はきっと脚色されるのだ。それは互いに同じこと。私は42年を母とともに過ごしたが、あの人は、もっと多くの歳月を母と過ごしていたかも知れない。けれどもそれが何だと言う?
ああ。もう10年以上も経っているというのに、未だに母の影を追っている。
追っているのはそれだけではない。
ただ口に出来ないだけで。愛する者を失うことは、半身をもっていかれること。幸福に生きて欲しいと望まれながら、それはなかなか過酷な要望だと、誰にともなく訴える。
亡くなった時、私は実家で二週間をただ泣きながら眠りこけていた。ともかく眠くて仕方なかった。息子は冬休みだった。弟夫婦に世話をまかせ、私は父のことも、弟のことも顧みず、ひとりどっぷりと悲しみにつかった。「なにもせず、ただ泣いているだけの身がうらやましい」と弟は言った。
そう。なすべきことはいろいろあったというのに、一切に関わらず、ただただ泣いては眠りこけた。夫は仕事に戻らねばならないが、私の狂態を案じていた。
母のことを本当は深く知らなかった自分を恥じた。私にとって、母は母であり、その内側を覗くことを怠った。しっぺ返し。後戻りできなくなって、母は「母」以前にひとりのひとであることに、ようやく気付いた。
亡くなって数日後、母の昔からの友人という人に会った。その人は、母のことなら何でも知っているというふうな事を言った。聞きたくなかった。話の途中で中座した。あの人が母を返してくれるというのなら、どんなことでも聞いただろう。思い出はきっと脚色されるのだ。それは互いに同じこと。私は42年を母とともに過ごしたが、あの人は、もっと多くの歳月を母と過ごしていたかも知れない。けれどもそれが何だと言う?
ああ。もう10年以上も経っているというのに、未だに母の影を追っている。
追っているのはそれだけではない。
ただ口に出来ないだけで。愛する者を失うことは、半身をもっていかれること。幸福に生きて欲しいと望まれながら、それはなかなか過酷な要望だと、誰にともなく訴える。