おはよう。
 台風が接近中? 午後からこちらも雨の予報。
 今では、どこもかしこも舗装され、ぬかるみに足を取られるなんてことがなくなった。長靴履いて、水たまりをバシャバシャ歩いた子どもの頃が懐かしい。

 高校3年生の夏、郷里は大変な水害に見舞われた。堤防は決壊し、市内の中心部は半壊した。前夜からの大雨は翌朝になっても一向衰えず、犬や猫まで降ってくるような大雨だった。
 日頃、サボりの名人だった私が、その日に限って、定刻に間に合うバスを待っていた。レインコートはぐっしょり濡れ、傘など役にも立たなかった。通りがかった人に、今日は休校だと教えられ、すごすご家に引き返したが、まさかあんなに大きな被害をもたらすこととなるとは思いもしなかった。

 なぜ、あんな日に、バス停にいたのか。
 ちょうど、一週間くらい前にも大雨の日があり、私は自主休校を決め込んだ。翌日、無断で欠席した理由を問われ、「雨だったから」と答えて「おまえ、雨の日には、学校に来ないつもりか」と叱られたばかりだったからだ。
 やっていることが、実にちぐはぐ。

 学校も浸水した。夏休みは長期に渡り、修学旅行も急遽、延期となった。数ヶ月遅れで東京から上高地へ。知る人もいないような片田舎なのに、水害のニュースは席巻しておりどこの宿でも大概、郷里の名前を知っていた。
 我が家は幸い難を逃れ、家から出なかった私は、町の様子もよく知らず、今更ながらに驚いた。母の実家も納屋など流されたというのに。

 修学旅行にはとっくりセーターとブレザーを持って行ったから、秋も深まってから行われたのだろう。確かな記憶はないのだが、それでも上高地では随分寒い思いをしたと覚えている。
 誰に撮ってもらったのか、白樺の前に立っている写真が残っている。団体行動が苦手な私はむっつりしている。こっそりと酒など持ち込んだ輩がいて、行きの新幹線ではすでに真っ赤な顔をした同級生もいた。自由行動にカップルで出かける者もいて、それにもびっくりした。
 
 小遣いは一万円が上限ではなかったかと思う。なにかのためにとこっそり余分を持たされた。それを全部使い切り、帰ったときにはバス代も残っておらず、家に電話して駅まで迎えにきてもらった。
 買ってきた土産は、みな不評だったな。父への土産にベルトを買ったが短かすぎて、とても使い物にならなかった。母へは何を買ったのか。弟には、貯金箱。でかいばかりで、ほとんどオブジェ。
 上高地からハガキを出したことは覚えている。早く帰りたいと書いたはず。それを見た父が行かせなきゃよかった・・・と言ったそうである。

 風が出てきた。
 各地で被害がないようにと、祈りながら。