ある時代、世界で最も有名だった作家フランシス・スコット・キー・フッツジェラルドの妻にして、凶器のごとき美貌と、狂気のごとき奔放さで名高きゼルダ。

 ゼルダに言わせると、あのヘミングウェイですら、無能で下劣で傲慢で、太り過ぎの男に過ぎない。

 何ものにも屈しない。
 それだから屈してしまう。
 そもそもはじめから屈している者に、不屈の精神はお門違いなのだ。
 しかし、世界を相手に、連勝はかなわぬ。

 それでも彼女は欲望に折合いをつけようとはしない。彼女は精神を扱う様に、肉体を扱う。
 しかし快楽は、見事なばかりの残忍さで苦痛を親しき友とする。

 破滅型でスキャンダラスな二人の生涯はそれにふさわしく短いものに終わった。
 アルコールに溺れたスコットは44歳で。精神病棟の火事でゼルダがいのちを落としたのは48歳のとき。ゼルダはあまりに多くのときを失い、多くの言葉をかき消されてしまった。

 「私を忘れないで」
 「実際、この言葉は的を得ているじゃないか。人は何かを忘れるために酒を飲むこともあれば、思い出を胸に刻むために飲むこともあるのだから。物事には相反する二つの面がある。良くない方を、人は不幸と呼ぶ」。

 
 『世評は気にしなくていい
 大人になろうと思わなくていい
 成功しようと思わなくていい』
 
 フッツジェラルドは追いかけたものの虚しさを娘にこう残した。

 
 昨夜、私ははじめてゼルダに会った。