痛い話しの続きである。
 私は子供をひとり産んでいる。
 分娩室に入ってから、出産まで30分くらいだから、「超・安産」と言われる。確かに母子ともに健康だし、あっという間のできごとだった。

 産院に向かったのは明け方だが、分娩室に入ったのは7時を過ぎてから。
 まだ時間がかかるだろうと思った夫は、近くのミスタードーナッツに朝食を買いに行ってくれたのだが、ドーナツとコーヒーを買って戻った時に、息子はもう生まれていた。

 これには訳がある。
 友人が何も知らない私に、「陣痛が始まったらお腹がすごく痛くなる。痛みの間隔も短くなってくる、もうダメだ、死ぬほど痛い・・そう思ったら看護婦さんを呼ぶんだよ」と教えてくれた。

 当時は仕事が忙しかったので、前の日まで働いていた。結果それがよかったのか、不要な体重の増加もなく、ほとんどお腹も目立たなかった。臨月のとき、「最近太りましたね」と言われたくらい。出産の準備もできなくて、しかもなにをしていいのかわからず、前述の友人が、ほ乳瓶など、必要なモノは用意してくれ、その上、出産講座までしてくれた。

 私はその友人の言葉だけを頼りに、産院で横になっていた。
 腰が痛い。夫がさすってくれるが、まるで効き目はない。お腹も痛い。ちょっと楽になったかと思うと、また痛くなる。ああ、これが、例の「陣痛か」と思い至る。
 次第に間隔が短くなる。痛い。痛い。痛いには違いない。
 でも彼女は言った。もうダメだと思ったら・・・だと。そう考えると、まだまだ持ちこたえられそうで、我慢を重ねた。
 どこまでも、それを繰り返していて、ハタと思いついた。
 よくわからないけど、とりあえず、この状況を看護婦さんに言ったほうがいいのではないか・・・。
 夫がミスタードーナツに出かけた直後である。

 すると、なんということか。
 「大変、大変。赤ちゃんが生まれかかっている」と看護婦さんは大あわてで、すぐに分娩室へと運ばれた。それから多分30分くらい。こういうの超・安産というのだろうか。

 出産した途端、へこんだお腹の向こうに自分の膝頭が見えた時の驚き。
 「ホントウに、人間がひとり自分の中にいた」という実感に、私って動物なんだとしみじみ思った。

 余裕が出た私は、とぼしい知識で先生に聞いた。
 「もう骨盤も出ましたか?」
 すると、「骨盤が出たら、歩けなくなるでしょう?」
 なんだったっけ? なにかが出ると、レクチャーされたはずなのに。

 分娩室から出ると夫はドーナツの袋を抱えて立っていた。
 第一声は「もう生んだの?」
 それから「おなかすいた?」

 赤ん坊は、世の中にこんなに小さな生き物がいるのだと思うくらい小さかったが、体重は標準値。

 毎日、夫と友人が何度もやってきた。
 ある時、ひとねむりさせてくれと夫がいうのでベッドを譲って、私は母と廊下に出ていた。2人部屋である。その間に看護婦さんが検温に来たらしい。カーテンを開け、布団をめくり、看護婦さんは悲鳴を挙げた。その声に驚いて夫も飛び起きた。当然、注意を受けた。
 
 まるで、昨日のことのように、思い出す。
 あの年の、柔らかい秋の日差しが甦るようだ。