窓をあけて寝ていると、明け方には涼しいを通り越すようになった。
 今のところ、この夏は寝るときにクーラーを必要としたときがない。去年と随分違う。
 
 選挙が近いから、朝からうるさい。スピーカーから「放出」される声は、かろうじて政党名が分かるくらいで、言っている内容はほとんど聞き取れない。それで効果あり、かも知れないが、逆もあるかも。聞こえたが故に「入れてやらない」とひょいと決意したり。
 ともかく、住宅街をまわるのはよしてくれ。街頭演説にしっかり力を注いでくれ。私のような病気持ちは、心身ともに疲れる。

 郵便受けには各政党からのチラシやパンフレットが入っている。
 「選挙」を語る気でもないし、政治の話しでもない。
 ある政党の(ある、なんてごまかさなくてもどこの家庭にも入っている)チラシには「生活を守り抜く。」と大書してある。この「抜く」という言葉に、「今まで守ってきたんだぞ、いまからもさらに守り続けるのだ」という長いメッセージが込められている。
 「守られた」感覚のない人には、文字の大きさが暑苦しいだろう。

 もっと驚いたのは、なんとパンフレットの表紙が
「知ってビックリ民●党、これが実態だ!!~民●党にだまされるな」

 私ですら、伏せ字を使いたくなる。民●党が政権をとると破滅の道をたどる、と知らせることが、このパンフの目的だという。今、政権をとっている側がするには、ちょっと品がない。
 内容は、民●党マニフェストの目論見?への批判である。それはともかく置くとして、このキャッチコピーこそ、知ってビックリの慌てぶり。 
 どこかのテレビ番組が作りそうな「歌舞伎町24時間、その実態」(こんなものがあるかどうか知らない)みたい。
 読めば読んだで、どっちの側にも、イメージはマイナスに働きそう。

 日本は、比較広告すら長く解禁されないような風土だった。第一、比較広告の目的は、ライバルを貶めるのではなく、自社のほうが優れていることを喧伝するためである。アメリカなんかは、過激そうだけど・・・。

 日本人のよさのひとつは、謙虚さというか「お先にどうぞ」の心配りのように思うが、なりふり構わぬ姿は、冷夏に反してクールでない。ま、実際「そんなこと言ってる場合ではない」のだろう。


 ところで、いつも拝見するブログの中で、先日すごいものを見つけた。
 勢いよくホースから飛び出す水に噛みつこうとしているコリー犬の写真の下に「親戚のヨッちゃんが」という文章。
 笑った! ブログの主は、知的で優しいユーモアのセンスをお持ちだが、いきなりコリー犬を「親戚のヨッちゃん」と紹介された私は、そのユーモアぶりにすっかり恐れ入り、ヨッちゃんにどうあいさつしようかと写真を眺め・・・つつ・・・本文に戻ると「連れてきたボーダーコリーの」と続いている。
 え? ではこれは、普通のボーダーコリー? 親戚でもなんでもなく? 
 最初のインパクトが強すぎて、頭が修正できない。
 写真の犬を私は勝手に「親戚のヨッちゃん」と考えて、あまりの面白さに何度も同じブログを開く。うなり声まであげているような様子の「親戚のヨッちゃん」は、少なくともチラシやパンフレット作らないから、いいヤツだな。(ブログの主さん、勝手に紹介してごめんなさい。)

 インターネットでまずヤフーを開いたら
 「投げやりな村上 工夫重ね金字塔」。
 村上さんが誰かは分からないが、困ったヤツもいろいろ試行錯誤で頑張るんだ → 「やり投げの村上 工夫重ね金字塔」。なんで「槍」って漢字で書いてくれないのか。
 世の中の流れが、人を迷わせ、あえて誤解に導くようになりつつあるような、これって私だけの錯覚だろうか?

 あらためて、おはようございます。