はじめてマニキュアを見たのは、5歳か6歳のころである。
 長く、真っ赤な爪だった。

 まだ三十には間があるような、大柄の女性だったと思う。都会から帰った人で、これもはじめて見るような後ろに長いスリットの入ったタイトスカートを履いていた。

 その頃,うちでは、文鳥か四十雀かを飼っていた。お天気のいい日は軒先に鳥かごを吊していたが、ある日、アオダイショウが隙間から入って丸飲みしてしまった。見つけたとき、気味悪く胴体をふくらませたアオダイショウは鳥かごから出られなくなっていた。
 
 赤い爪を見たのはその日のことである。

 離婚して、実家に身を寄せているらしいと近所の人たちが噂していた。昔は意地悪く「出戻り」と言った。バーに勤めていたようだ、そんなことまで子供の耳に入ってきた。
 女子生徒が男子生徒の自転車の後ろに乗っているだけで後ろ指を指されるような町で、そのひとはことさらに目立った。
 真っ赤な爪はそれだけで、来し方も行く末も決めてしまうようであった。
 
 故郷を離れて三十数年。
 子供の頃に遊んだお寺の、見事なばかりの大銀杏も、はなびらで首飾りを作った土手の桜並木も、いつしか切られて、遠い過去の思い出となった。
 夏にはかっこうの遊び場だった浅瀬の川は、護岸工事で、もう向こう岸まで歩いて渡ることはできない。小さな町に、駐車場ばかりが虚しく点在する。
 父も母もすでになく、高速道路で一時間ばかりとなった距離を、帰郷するのも盆暮れの墓参だけ。
 変わらないのは、ふり返って眺めやる町並みが、姿を変えても昔のままに、侘びしく佇んでいるように見えることだ。

 マニキュアのあの人は、あれからどうしただろう。
 そんなことをぼんやりと思う。
 別れて二度と合えないものたちが、きっと故郷には無数に眠っているのであろう。