曇り。
昨夜は、たいした雨でもないのに、雷は大音響。
犬が怖がるものだから、玄関に入れて座布団を敷いてやった。私はそのまま寝入ってしまったが、夜中に帰ってきた息子は、眠りを妨げない程度の小さな灯りまで、わざわざ灯してやっていたようだ。
9時半頃目覚めると・・・私の足音でようやく目覚めたらしい駄犬は、天下太平のごとき大きなあくびをした。すっかり雨があがっているから、早々に外へと追い出す。彼女は、未練がましくはあるが、「頃合いだ」と観念したように素直に出ていった。
またもや大あくび。ヘンにうらやましい。
なにを書こうかと迷っていると、息子が小1の時の同級生の作文が思い出された。もう10数年たっているから、ここで紹介しても時効だろう。
タイトル「けさ、パンを食べたこと」
本文 「けさ、パンを食べた。」
私は教師にならなくてよかった。こういうの見ると、法外な点数をつけてしまいそう。退屈な生徒ばかりだと、私のほうが授業をさぼりそうだし。
中学生の頃からサボリは得意で、自宅が学校に近かったから、弁当を持参せず、昼はこっそり学校を抜け出してウチで食事・・・。そのうち、学校にもどる気がなくなってしまう。ほったらかしの教科書やノートは、友達がかばんに詰めて、放課後持ってきてくれていた。
よど号のハイジャック事件や浅間山荘事件、三島由紀夫の割腹自殺などのニュースはそうして見ていたものだ。(いい加減な我が親は、またそういう時には「学校に戻るよりこっちのほうがすごい」派)
ついでに、だらしない高校生活も一応・・・。私はバス通だったが、8時半の登校時間に間に合うバスに乗ろうとすると、ちょうど出勤とも重なって、えらく混雑するのでうんざり。
忘れもしない。いつも近くの停留所から8時42分のバスに乗る。たった、2つか3つか4つ?か遅らせただけで、乗客は極端に少なくなり(少なくとも、高校生はいないし)ゆっくりと本など読みながら登校できるというわけだ。しかも8時のバスに乗ることを考えれば、朝食抜きなら1時間近くは余分に眠れるという寸法。
これもみな、何度起こしてもなかなか起きないから、起こすこと自体を放棄した母のお陰である。
学校には9時過ぎ頃に着くから、ホームルームも終わっていて丁度いい。授業に遅れるのはほんのわずかだし、ウチの高校はかつて学生運動が激しかったにもかかわらず(あるいは、そうだからか)、不思議と生徒と連帯感が強い教師が多く、そんなことでいちいち目くじらを立てられることもなかった。
遅刻の上に授業もサボった。サボっては図書室に行った。
図書室詰めの先生に授業がないときは、部屋で紅茶を入れてもらった。黙って座っていただけなのに、先生は実に温かかった・・・。
そうでないときは、昼頃には帰宅。あるいは河原。田舎だからサボると言っても、せいぜい頑張ったところで喫茶店くらいで、正直、行き場がないのだ。
小学校も中学校も好きではなかったが、高校生活は楽しかった。高校なのにゼミとかあって、カリキュラムも変形だし、気ままが許されたこともあるが、なにより先生に恵まれたことが最も大きな要因である。
そういう私が息子を起こす。「起きなさい」「起きろ」「授業に遅れるぞ」。
まあ、私はまだしも、これもまた、年中遅刻していた弟(彼は自転車通だったが、NHKの朝ドラを見てから家を出ていた)は、今では生徒に向かって「遅刻をするな」と言う教師の側。「僕も、そう言うたびに、恥ずかしくなる」そうだ。
それにしても、母は剛胆な人だったなあ。
後から聞くと、中学校の時に教師は家庭に問題があるのかと母に会いに来たらしいし、高校では娘のときも息子のときも何度か呼び出されているのに、全く動じもしなかった。
そんな母に育てられたというのに、朝一番の感想が、犬の大あくびがうらやましい・・・というような大人になってしまった。そういえば弟も、一日を寝て過ごすネコになりたいと、のたまわっていたっけ。
昨夜は、たいした雨でもないのに、雷は大音響。
犬が怖がるものだから、玄関に入れて座布団を敷いてやった。私はそのまま寝入ってしまったが、夜中に帰ってきた息子は、眠りを妨げない程度の小さな灯りまで、わざわざ灯してやっていたようだ。
9時半頃目覚めると・・・私の足音でようやく目覚めたらしい駄犬は、天下太平のごとき大きなあくびをした。すっかり雨があがっているから、早々に外へと追い出す。彼女は、未練がましくはあるが、「頃合いだ」と観念したように素直に出ていった。
またもや大あくび。ヘンにうらやましい。
なにを書こうかと迷っていると、息子が小1の時の同級生の作文が思い出された。もう10数年たっているから、ここで紹介しても時効だろう。
タイトル「けさ、パンを食べたこと」
本文 「けさ、パンを食べた。」
私は教師にならなくてよかった。こういうの見ると、法外な点数をつけてしまいそう。退屈な生徒ばかりだと、私のほうが授業をさぼりそうだし。
中学生の頃からサボリは得意で、自宅が学校に近かったから、弁当を持参せず、昼はこっそり学校を抜け出してウチで食事・・・。そのうち、学校にもどる気がなくなってしまう。ほったらかしの教科書やノートは、友達がかばんに詰めて、放課後持ってきてくれていた。
よど号のハイジャック事件や浅間山荘事件、三島由紀夫の割腹自殺などのニュースはそうして見ていたものだ。(いい加減な我が親は、またそういう時には「学校に戻るよりこっちのほうがすごい」派)
ついでに、だらしない高校生活も一応・・・。私はバス通だったが、8時半の登校時間に間に合うバスに乗ろうとすると、ちょうど出勤とも重なって、えらく混雑するのでうんざり。
忘れもしない。いつも近くの停留所から8時42分のバスに乗る。たった、2つか3つか4つ?か遅らせただけで、乗客は極端に少なくなり(少なくとも、高校生はいないし)ゆっくりと本など読みながら登校できるというわけだ。しかも8時のバスに乗ることを考えれば、朝食抜きなら1時間近くは余分に眠れるという寸法。
これもみな、何度起こしてもなかなか起きないから、起こすこと自体を放棄した母のお陰である。
学校には9時過ぎ頃に着くから、ホームルームも終わっていて丁度いい。授業に遅れるのはほんのわずかだし、ウチの高校はかつて学生運動が激しかったにもかかわらず(あるいは、そうだからか)、不思議と生徒と連帯感が強い教師が多く、そんなことでいちいち目くじらを立てられることもなかった。
遅刻の上に授業もサボった。サボっては図書室に行った。
図書室詰めの先生に授業がないときは、部屋で紅茶を入れてもらった。黙って座っていただけなのに、先生は実に温かかった・・・。
そうでないときは、昼頃には帰宅。あるいは河原。田舎だからサボると言っても、せいぜい頑張ったところで喫茶店くらいで、正直、行き場がないのだ。
小学校も中学校も好きではなかったが、高校生活は楽しかった。高校なのにゼミとかあって、カリキュラムも変形だし、気ままが許されたこともあるが、なにより先生に恵まれたことが最も大きな要因である。
そういう私が息子を起こす。「起きなさい」「起きろ」「授業に遅れるぞ」。
まあ、私はまだしも、これもまた、年中遅刻していた弟(彼は自転車通だったが、NHKの朝ドラを見てから家を出ていた)は、今では生徒に向かって「遅刻をするな」と言う教師の側。「僕も、そう言うたびに、恥ずかしくなる」そうだ。
それにしても、母は剛胆な人だったなあ。
後から聞くと、中学校の時に教師は家庭に問題があるのかと母に会いに来たらしいし、高校では娘のときも息子のときも何度か呼び出されているのに、全く動じもしなかった。
そんな母に育てられたというのに、朝一番の感想が、犬の大あくびがうらやましい・・・というような大人になってしまった。そういえば弟も、一日を寝て過ごすネコになりたいと、のたまわっていたっけ。