晴れ。
 うっ。頭が重い。
 昨夜はぐっすり眠れた。本当は、まだ寝ていたいけれど、ほっとくとこれは昼を回っても起きないかも。 
 食事の支度をして息子を起こしてやらねばと、軽いくせに妙に重い体をやっとこさであげる。起きたとなると、夜中のうちに回していた洗濯物も干して・・・お日様がもったいないから。

 ブログ、だけにかぎらず、カレンダーがあるのにその日の天候を記すカ所がないもの(手帳、多くの日記帳、多分会社の営業報告・売り上げ記録、携帯のカレンダー・・・あとは思いつかない)に一言。
 日付と天気はワンセット・・・じゃない? 子供の頃から夏休みの日記帳もそうだったし、日付を入れたら次は当然、天気だろう。ひと月分の日記を最後のいちにち、ふつかで書いてた私がこうも力説するのもおかしいけど。(近所のまじめな友達のところに行っては、1か月分の天気をうつしていたっけ)。
 記憶というのはなにかを契機にして次々と連鎖反応のように繋がっていく・・・案外お天気など、リアルなヒントになると思う。「お天気」と「生活の仕方」は、個々に定則もあるようで、細かく書けばなおいい。日記をつけているならなおさら・・・いや、日記をつけている人の大半は天気を記しているに違いない。

  睡眠について書いていたのかな。
 だいたいが、眠るのが下手。若い頃からずっと不眠気味だった。高校生の頃は、「オールナイトニッポン」を最後まで聞いていたから・・・5時まで起きていた勘定になる。だからといって、ものすごく勉強していたというわけでもない。
 学校には行っても、午前中くらいでさぼって帰るから、単に昼・夜逆転していただけ。共働きだから見つかる心配はないしとタカをくくっていたら、親が呼び出された。
 それでも当時は呑気な時代で、校風がこれまたバンカラだった。万年遅刻だったけど、特におとがめもなかったし、たった一度しか授業に出席しなかった化学のテストで名前以外書くことも出来ず、苦肉の策で「裏へ」と表書きしたあと、裏の白紙に前夜読んだ本の感想文を書いたことがある。先生は5段階の3をくれた。高3の時だから、面倒な生徒にはともかく卒業してほしかったのだろうか。(今でも、それが何の本かは覚えているが、青臭くて恥ずかしく、書けない)
 
 昼夜逆転しても、昼間にそうそう眠れるものではないし、いっときは顔の中が目だけといわれるくらいやせてしまった。
 さらに悪いことに、その後に過眠症になった。夕方食事をしたら、もう朝まで寝る。7時には我慢の限界で眼が閉じてしまうのだ。高校3年の夏で、おなじく受験を控えていた 中3の弟は、えらく心配してくれたが、それに応えることもできないくらい参っていた。結果、受験もせずに、浪人。
 
 結婚しても不眠で悩まされた。
 友人の医者に行くと「眠ろうと思うから辛い・・・眠たくなければ寝なきゃいい」。
 同じく、学生の頃からずっと不眠だったという彼の言葉に「そうか」と納得したが、ある時、睡眠薬を飲んでいるのを目撃してしまった。「自分だけずるいじゃないか」。ついに処方してもらった。

 睡眠障害はきっと母の血筋だ。あの激しい気性までは受け継がなかったが。
 まあ、母からきたものなら文句も言うまい。
 そんな下地もあって、いまの不安定な気分が重なっているから、なかなかうまく眠れないのだ。

 ああ。
 母のことを書きたくなった。
 生涯、教育は機会均等でカネがかからないと愚直に信じていた母。
 私に本を読むことを教えてくれた母。 
 よくも悪くも自分のことは最後の最後だった母。
 私や弟が学校から呼び出されても動じることなく「忙しいのにいちいち親を呼ぶほうがおかしい」と公言してはばからなかった母。
 教師に向かって「私の娘であって、あんたの子供ではない」。
 おお!胸がすくほどカッコいい・・・と思ったが・・・ウチに帰って叱られた。
 しかし基本的に「勉強しろ」とあまり言わない人だった。まるで根拠もないのに子供を信じる母には心底頭がさがった・・・。

 母のことは、なが~くなるので、またいつか。 
 
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 庭にこんなに花がさいたよ。見せてやりたい、君に。