やりたいことが沢山ある。

絞って絞って1つ1つやろうと決めたけど、それもまだあまりできていない。

身体は思っているより正直だ。

身体と対話しながら表現するって、、
かなり難しいんだね。笑

よく今できていることを、
喜んで、感謝しよう。

一人じゃ絶対できないこと、、、。
ありがとう!
3/18土曜日にいつものようにしんどくて、1日寝ていた。

夕方から寒気がして頭が痛くて息ができなくなってきて、これはヤバイと薄々感じていた。

夜に耐えきれなくなり、意識が朦朧として救急車を呼んだ。

すると、40度超える熱と関節炎があり、徐々に収まったもののもちろん大学病院を救急隊の人に勧められる。

だが、いつものことで大学病院にいくと夜中にそのまま帰らされたりが怖くて辛くて、兄に付き添ってもらいながら父の家に避難した。

それからは、水分だけとって氷枕して様子を見るものの4日間は40度を行ったり来たりしていた。

寒気が来れば、『あぁ、熱上がるな』と構えて、熱が出きったら着替えて水分とってなど、下手に知識があるから色々やってしまう。

そして、休み明けに病院行って、検査してプレドニンの点滴をする。

次の日朝から電話がかかってきて、炎症反応が異常に高いのでもう一回来てくださいと。

この病気は再燃と寛解を繰り返す。
これは一時の感染症なのか、再燃なのかとやはり不安になる。

ましてや、一週間後にライブだ。

でも、このタイミングでこの経験をしたからこそ、ライブに活かせたことは沢山あった。
だからこそできる表現はきっとあるはずだと思えた。

自分の中の要らないものを出して、細胞が生まれ変わる。

子供に戻るような不思議な感覚。。。

体調的に酷くても、準備も楽しかった。

私はこうやって表現していくことが、当たり前になっていってるんだなぁと実感しました。
決して特別ではない。

だからこそ、もっともっと真剣に身体と話しながら、やりたいことを1つ1つ具体化していきたいと思った。

自分に何ができて、何がしたいのか…。
もう一度よく考えよう。

何を伝えたいのか、、、。
こんな風に書きながら一歩一歩進もう。
慢性疲労症候群は日本では、約30万人いると言われています。
医療者の間でも認知度が低いため、的確な判断をしてもらえなかったり、悪化することもあるといいます。

この慢性疲労症候群は、イギリスやカナダでは、筋痛性脳脊髄炎という名称です。
慢性疲労という名前が誤解を招きやすいことから、日本でも改名運動も行われています。

アメリカでは患者さんが直接オバマ大統領のところに行き研究費を上げてもらったそうです。

認知度が低いということは、研究もなされていかないので、完治がどんどん遅れます。

実はこれ国に取ってもとても大きな問題なのです。
日本は超高齢化に進んでいます。
そんな中この病気は31歳が発祥平均年齢になります。
重症化しやすく、働きたくても働けなくなっていくのが実状の病気です。
ということは、この人たちが治れば、労働力として大きな力になるはずなのです。

この病気について知ってもらうことがまず第一だと思っています。
日本は薬の認可がとても遅い国です。
ですから、研究が進み認可が降りる頃には、病気は関係なく誰にでも平等にくる老化が私には来ているのだろうと思います。

それでも、私は今ある現状、可能性を伝えていくことができたらと思っています。

2004年に悪性リンパ腫を併発したこの病気の人が、血液ガンに効く薬を投与したところ、元々の病気も良くなったことが海外で発表されています。
つい最近では、論文もでて、この血液ガンや免疫疾患に効くお薬が有効ではないかということがわかってきました。
研究を進めれば、不治の病で亡くなる日も遠くなく、WHOでも認定されているように神経系の病気であることがもっと認知され、日本でもどんどん意識が変わっていくことを願っています。

もちろん、願うだけでなく自分のできることは活動してい来たいと思います。
今日は午前中は動けずでしたが、
午後には1人でシャワー浴びて、
洗濯少しだけして、
夕飯食べれました!

いぇい!

元々お風呂大好きで昔は1日に何度も入ったんですけど、
やはり最近は疲れが尋常じゃないので、大変です。

でも、意外にお風呂より疲れるのが、
「ご飯」です。

やはり、血流が直で胃に集中するからかしら。

最近は特に外食に気をつけてます。
あまり満腹になったり、
容量を超えると、動けなくなるので危険です。


そういえば、今日はなんだか同じ歌が頭を流れていました。

コッコの「強く儚き者たち」

初めて聞いたときは歌詞がショッキングで、深いなぁと思ったのを覚えてます。

「トビウオの〜アーチをくぐって〜♪」
「人はよわいものよ〜♪」

夜も更けてきたので、
この辺で。

今日も書ききれなかった。。

また、明日!


今日も動けなかった…

のだけど、

昨日までに比べると、
「2時間の制限の中、体力的に書きものくらいなら少しできそうかも」な状態でした。

それなのに、悪夢と痛みと向き合ってるストレスが溜まったと訳のわからない言い訳をして、何もできずに時間と動ける身体は過ぎて行きました。

めちゃくちゃ反省です。
昨日気づけたことが活かせてない、私のバカっ!ということで、
自分に反省文だけでも書いてみます。

もし、明日がまた来たのなら、
もっと、大事に生きよう。

そう思えた今日に、ありがとう!
動けず…。

無念。

でも、夕飯は食べれた!
美味しかったぁ。

手が動く。
足が動く。
意識がある。
毎日それだけで幸せだと思う。

起きては、辛かったり楽になってたり、
寝てても、辛かったり楽だったり、
この一喜一憂が、
これまた 幸せだなぁと思う今日この頃です。

追伸
春さんは私が動けない時は部屋の前でいつもこんなだそうです。
かわいいなぁ。
普段触らせてくれたらもっとかわいいなぁ。。。

みなさん、お元気でしたか?

私はまずまずで、やっています。

沢山かくことあるけど、いつものごとく1つずつ書いていこう。

今日はとにかく続けることの意思表明を〜。

日常のこと、病気のこと、表現のこと、
少しずつ書いて行きます。

日記と思っても続かない私でしたが、
本当に一言の日を入れながら続けよう。

そんな今日この頃です。
おはようございます。

さて、昨日の話から続きながら、
今回のお芝居のことを書きたいと思います。

おそらく、今回の本番前最後になるかもなぁと思いながら書きます。

今回のお芝居の苦労よりは、
見どころや興味を持ってもらえたらなぁと思って書きます。

話がかなり飛びますが、最後まで読んで頂けたら幸いです。

まず、昨日の朝に脚本を書いてくださっているかめおかさんが、 
メルマガに今回のお芝居や私自身のことについて触れてくださったことです。 


『ひとが本当に、誰かのことを「わかる」ということは、
なんとむずかしいことなのだろうと心の底から思ったのです』 

ひとりの人間が、
文字どおり、自分の
全存在をかけて、表現
しようとしている姿を、

知ってもらいたいと
思って書きました。』

自分が関わってることなのですが、 
とても客観的に、胸に刺さったのです。

昨日書いたこと「全部、自分だ」ということとも繋がってると感じました。
 
私は本当に、ひとのことを「わかろう」としていたのだろうかと思いました。

どれだけ感謝しても、
どれだけ考えても、
私はどこまでわかっていたのかなって、
凄く思い知らされた感じがしました。  

そして、私は今まで、
ひとりの人間が全存在をかけて表現していると意識してみたことがあったかなと思いました。

自分で思っているより、少ないと思います。
結局、どうしても「自分」にシフトしてしまっていましたから。

「自分」にシフトすることは悪いことではなく、ただ、多面的に捉えようとしてなかったなぁと。

同じ「事実」だって、色んな角度からみたら全然捉え方も変わってくる。
それに気づくと色んなことが変わって見えてきました。

そして先日、
香瑠鼓さんという方のワークショップに行きました。

私が本番前ということで、日にちや内容なども配慮して頂きました。(いつも、参加する方全員、ひとりひとりのやりたいことなどを聴き、その人に合ったワークをしてくださいます)

皆さんの話やパフォーマンスを観たり、
自分がパフォーマンスして気付いたこと、
アドバイスを頂いたことで、
確実に今の表現が変わると思えました。

自分で今のお芝居に葛藤する中で、
凄く楽しみを感じられました。

先日、ある番組で女優さんが表現することについて、
「悩むことを楽しむ」と言っていたことを思い出しました。

凄くそこに合点がいったのです。

あぁ、今、泣ききったさきには
どんな表現が見つかるのかなぁと思うと、ワクワクしました。

心身ともに泣いて、悩んで、楽しんで、
今回のお芝居に挑もうと思います。

ここが、はじまりで、
ここが、おわり。

そしてまた、はじまる。

ちゃんと今を踏みしめながら、
少しずつ進んでいけたらいいなぁ。

芝居も、人生も。

と思う今日この頃でした。

劇場で、心よりお待ちしております。

あけましておめでとうございます!
本年もどうぞよろしくお願い致します(*^^*)♪

年が明けて、早くも1週間ですね。
そして、その間、記憶がほぼなかったのは1日だけ。
私にとって特にここニ、三年間の間では、びっくりする記録です!

別に記録が凄いわけでもなくてあせる
どうやってそこまでこれたのか、
どこにきているのかが大事なのだと思ってます。

年明けから、2度自分の中で勝手に諦めてきた舞台に立つことができます。

それは、本当に、家族、周りの方やご縁のお陰だと思ってます。
改めて、ありがとうございます!

そして、
私の身体と心が頑張ってくれたからなのだと年明け早々とても実感することがやっとできました。

今まではどうしても、
内側に意識がいくか、外側に意識がいくか、
ポジティブにいくか、ネガティヴにいくか、
どちらかしかないという観念に囚われていた気がします。

健康であった自分がいて、
病気になった自分がいる。

身体は健康だったけど、
いつでも心は何かに囚われていて悩んだり苦しんで、居なくなりたいと常に思っていた自分。

病気になって身体が制限されたり、心も支配されそうになるけど、
でも、気持ちはいつも感謝で満たされたり、命が元気になった自分。

どちらも自分なんですよね。

そんなシンプルなことに気づけず、
日常でも表現でも悩んでいたなぁと、
今朝、思えました。

どっちかがいいとか、
どちらが悪いとかじゃなく、
全部自分なのだから。

そして、よく
「他人が変わるんじゃない、自分が変わらなきゃ」という言葉を耳にします。

私もそう思うようになっていて、
確かにそうだ!と実感する時もあるけど、
ほぼ心から思おうとはしてなかったなとも気付けました。

多分私は「他人を変える」ことのほうを選択することが多かったなと。
しかも、私の場合は「他人を変える」ことが「その人を責めたり否定する」ことになっていたと気付かずに。
反省の至りです。。
でも、気付けて良かったです。

気づいたからすぐ出来るわけじゃないけど、
気づいたら挑戦することができるから。
どれを選択するかも自分なのだ。

ちょっと長くなってしまいましたが、そんなことを思った年初めでした!

お芝居のことは次に書きます♪
ここに書いたことは、お芝居に多大な影響を与えていると思います音譜

23日のプレ公演(公開稽古)

来ていただいた方から、沢山の感想と意見を頂きました!

全て胸に響いているのですが、
すごく胸に刺さった言葉がありました。

それは、
『弥生ちゃんにしかできない芝居、表現になっている』と言ってもらえたこと。

私にとって、このお芝居をやると決めた時からの1番の目標だったかもしれません。

それももちろん自分だけでなく、
皆さんと創り上げた表現だからということ。 
皆さんの意見や応援があったからここまで来れました。

そして、この無謀なお願いを快諾してくださり、1年がかりで取り組んでくださったかめおかさんのお陰です。

脚本を書くに際しても、いつも私がやりたいことを全力で盛り込みながら、エンターテイメントとして仕上げていってくださいました。
 
ブログも脚本も必ず、細かい確認や気遣いをして頂きました。

かめおかさんは、今回の劇づくりで、
『脚本を書く意味や深く向き合うチャンスを貰った』と言ってくださいました。

そんなかめおかさんの脚本があり、
皆さんの意見や応援があり、
今の自分が表現できた上で、頂けた言葉だなぁと嬉しくありがたく思いました。

『弥生ちゃんの表現したい!という思いが溢れでる芝居』
『今までやってきたことで充分女優として大丈夫』
『重みがある、気迫が感じられる』など、力強い嬉しい言葉をもらえました。

より一層エンターテイメントとして、
笑ったり、泣いたり、観た後に何か欠片を持って帰ってもらえるようなお芝居にしたいです。

身体第一ではありますが、
より一層、稽古を顔晴りたいと思います!

先ほどの言葉だけではなく、
もちろん表現者として、芝居として、
まだ未熟な点を沢山気づかせていただいたので、
今回のことをフィードバックできるようにしたいです。

劇場でお待ちしていますおねがい

かめおかさんのブログより、
今までの動画三つもいれてくださってます。是非ご覧いただけたら嬉しいです♪