おはようございます。
さて、昨日の話から続きながら、
今回のお芝居のことを書きたいと思います。
おそらく、今回の本番前最後になるかもなぁと思いながら書きます。
今回のお芝居の苦労よりは、
見どころや興味を持ってもらえたらなぁと思って書きます。
話がかなり飛びますが、最後まで読んで頂けたら幸いです。
まず、昨日の朝に脚本を書いてくださっているかめおかさんが、
メルマガに今回のお芝居や私自身のことについて触れてくださったことです。
『ひとが本当に、誰かのことを「わかる」ということは、
なんとむずかしいことなのだろうと心の底から思ったのです』
『ひとりの人間が、
文字どおり、自分の
全存在をかけて、表現
しようとしている姿を、
知ってもらいたいと
思って書きました。』
自分が関わってることなのですが、
とても客観的に、胸に刺さったのです。
昨日書いたこと「全部、自分だ」ということとも繋がってると感じました。
私は本当に、ひとのことを「わかろう」としていたのだろうかと思いました。
どれだけ感謝しても、
どれだけ考えても、
私はどこまでわかっていたのかなって、
凄く思い知らされた感じがしました。
そして、私は今まで、
ひとりの人間が全存在をかけて表現していると意識してみたことがあったかなと思いました。
自分で思っているより、少ないと思います。
結局、どうしても「自分」にシフトしてしまっていましたから。
「自分」にシフトすることは悪いことではなく、ただ、多面的に捉えようとしてなかったなぁと。
同じ「事実」だって、色んな角度からみたら全然捉え方も変わってくる。
それに気づくと色んなことが変わって見えてきました。
そして先日、
香瑠鼓さんという方のワークショップに行きました。
私が本番前ということで、日にちや内容なども配慮して頂きました。(いつも、参加する方全員、ひとりひとりのやりたいことなどを聴き、その人に合ったワークをしてくださいます)
皆さんの話やパフォーマンスを観たり、
自分がパフォーマンスして気付いたこと、
アドバイスを頂いたことで、
確実に今の表現が変わると思えました。
自分で今のお芝居に葛藤する中で、
凄く楽しみを感じられました。
先日、ある番組で女優さんが表現することについて、
「悩むことを楽しむ」と言っていたことを思い出しました。
凄くそこに合点がいったのです。
あぁ、今、泣ききったさきには
どんな表現が見つかるのかなぁと思うと、ワクワクしました。
心身ともに泣いて、悩んで、楽しんで、
今回のお芝居に挑もうと思います。
ここが、はじまりで、
ここが、おわり。
そしてまた、はじまる。
ちゃんと今を踏みしめながら、
少しずつ進んでいけたらいいなぁ。
芝居も、人生も。
と思う今日この頃でした。
劇場で、心よりお待ちしております。