【311甲状腺がん当事者の言葉】
原発事故と甲状腺がん当事者の声を聞くvol.4 Zoomで参加した。
何にも終わってないとつくづく思った。
毎年、北浦和で11/3の文化の日に、ボンフェスというお祭りを主催している。各店舗の売上の10%を寄付してるんだけど、ここ数年はNPO法人311甲状腺がん子ども基金に振り込んでいる。
3時間ほどにわたるシンポジウムは福島県の郡山で行われていて、私はzoom参加だった。 会場のガラス窓からは雪が降っている様子がチラリと垣間見れた。
録音やスクショはNGなので、私は内容を書き留めた。
2011年の3月11日午後2時46分。
東日本大震災は起こった。
甲状腺がんになりそれでも自分の人生を生きている人の言葉はとても重いと思った。甲状腺がんだと診断されて、全摘出だったり半摘出を経験している若者たち。因果関係は未だ解明されていないし、全国でも裁判が起こっている。
甲状腺がんに罹患した何人かが話してくれた当事者の言葉の中、1人の女性の話をここに記しておく。
現在は福島県から離れた日本に住んでいる29歳の女性。
事故当時は高校1年生15歳だった。原発事故を知ったのはテレビを見てからだった。原発について何も知らなく家族も知らなかった。地震のために家がめちゃくちゃになり、その片付けが大変で原発のことはテレビで知った。ライフラインが止まった中、自衛隊の人が支援で来た時に見たこともないような防護服やマスクをしていて、何かおかしいなと怖く思った。
事故から1年後に初めて受けた甲状腺の健診は問題なし。大学生の時も何もなく過ごし、社会人になってからの検診で甲状腺がんが判明した。半摘出の手術を受ける、結婚できるのか?出産できるのか?不安だった。
結婚出産をえてもなお再発や転移は今も怖い。あの時の原発事故が被爆したと思っているし、関わっていると思っている。国も県も東京電力も責任をとって欲しいと思う。行政には当事者の声を救ってほしいし、支援に繋げてほしいと思う。
いつでも一般市民は弱者となってしまう。当事者の女性はNPO甲状腺がん子ども基金の当事者の声(冊子など)によって、自分と同じ思いを持ってる人たちがいると知ってよかったし安心した。
事故当時小学生だったり、中学生だった子ども達が13年経って成長している。
★★せこぐちまりかの予定★★
さいたま市の公民館に居場所を作る。おさるのいばしょ、どなたでも参加オッケーです。
お申し込みは下のメールアドレスまで。
4/12 (金)18:00-21:00
「おさるのいばしょ8」@北浦和公民館 和室
5/17 (金)18:00-21:00
「おさるのいばしょ9 」@北浦和公民館 和室
6/14(金)18:00-21:00
「おさるのいばしょ10」@北浦和公民館 和室
6/29(土)13:00-21:00
梅干し作り ※参加者募集中
ジップロックで作る梅干し。毎年和歌山県の梅農家から2Lの梅を仕入れています。
せこぐちまりかは、2023年4月さいたま市議会議員選挙に浦和区から無所属で挑戦、3,058票もの支持をいただきましたが、当選はできませんでした。
その後も様々な活動を行っています。ただいま動画を作ってます。
【お問合せと申込みはこちらまで】
festivalgirl.fg@gmail.com

