【徹子の部屋の戦争と私特集】
8/15に放送された徹子の部屋、録画してあったのを見た。
4名の昭和のスターの方が、戦争について語っていた回のダイジェスト版で、黒柳徹子さんは時々泣いていて進行が進まなくなった様子。

今は4名全員がこの世にいなくて、生きているのは黒柳徹子さんとこれを読んでいる私達。
戦争につながる全てに反対していく!



三波春夫
自分も戦場にいた時の体験を語る。終戦の時は何にも知らない。知ったのは9月の9日。
日本の兵隊も「お母さん、お母さん」と、ロシア兵も「ママ、ママー」と。
自分が生き延びるために相手を殺さなきゃいけない。本当に戦争は愚か。
戻ってくるからなと言いながら、負傷して誰が誰だかわからない仲間を置いていった。



加藤治子
「雜使婦」として負傷していた兵士たちの雑用として働いていた。
青酸カリを持ち、アメリカ兵が来たら戦った後にコレを使えと。はずかしめを受ける前にコレでと。持ち歩いていた。
日本の偉い人たちは傷病兵と雑使婦達を残して食糧全部持って車で逃げて行った。



高峰秀子
戦争真っ只中に映画を撮っていた。戦争の兵隊の映画を撮っていた。恋人の役。
戦争は終わった、終わったっていうけど、戦争が一つ終われば、それはもう次の戦争が始まってるのよ。特攻隊のいる場所で。若い子達(もう少年ね)ばっかり。特攻で出たらもう生きては帰れませんから。終戦の日の夜も特攻機は何機も何機も飛んで行った。天皇陛下のためにと教育されてるから。それでもお母さん達は納得できないんだわ。



三代目 江戸家猫八
原爆の落ちた広島で船舶兵として過ごしていて、爆心地から2キロのところにいた。落下傘が落ちましたよ。と聞いた。被爆者手帳も自分も持っている。20数万人の死体の、焼けこげた人達を見た。原爆の地獄を。何の罪もない人が死んでいく。水筒の水をあげたらいけないけど何人も最後に水をあげて死んでいった。
再び戦争はやってはいけない。

以上です。

★★せこぐちまりかの予定★★
さいたま市議会議員選挙に浦和区から無所属で挑戦、3,058票もの支持をいただきましたが、当選はできませんでした。
ポスティングは10,000枚終わりました。

月1でカルタスホール(北浦和クイーンズ伊勢丹上)を借りて、学びや話をする時間を作っていきたいと思います。どなたでもご参加下さい。
〈せこぐちまりかサポーターズF&G〉
9/9(土)13:00-17:00 ※スタート時間など詳細決まったら載せます。
里親・発達障害について知ろう!
実際にさいたま市内で里親をしている方からお話を聞いてみましょう。

〈LO&PE365〉
9/2&3(土日)南三陸バスツアー。満席。
10/3(火)夕方以降 檻の中のライオン 講師はんどう弁護士※詳細決まり次第お知らせ 
11/3(金祝)ボンフェスvol.15
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