開運占い師 松季慧樹

開運占い師 松季慧樹

占いに関すること、日々の生活で感じる事の雑記ブログです。

いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。

 

今回のテーマは ご相談の中で、とても多いものの一つ

 

金運を見てください』という話です。

 

 


 

将来のお金について、不安を感じている方はとても多いと感じます。

 

 

「この先、ちゃんと生活していけるだろうか?」


「老後のお金は足りるのだろうか?」

 

 

テレビや本でも、将来のお金の話はよく見ますよね。


それだけ、多くの人の心に関わる大切なことです。

 

 

 

鑑定をしていて感じることがあります。

 


お金の不安は 『金額』とは比例しないということです。

 

貯金がたくさんあっても、いつも不安を感じている人もいます。

 


「これでは、まだ足りないんじゃないのか?」


「もし将来 何かあったらどうしよう」


そう考えてしまい、安心できないのです。

 

 

反対に、貯金がそれほど多くなくても、落ち着いて生活している方もいます。


使う時には使い、あまり執着せず 今の暮らしを穏やかに楽しんでいます。

 

 

この違いはどこから来るのでしょうか?

 

 

 

それは「お金との向き合い方」です。

 

人にはそれぞれ、生まれ持った性質があります。


お金に対して慎重な人もいれば、あまりこだわらない人もいます。

 


貯めることに安心を感じる人もいれば、使うことで人生が豊かになる人もいます。

 

また、稼ぐことに力を発揮する人もいます。

 


副業や商売で才能を発揮する人もいます。


反対に、大きく増やすことよりも、堅実に守ることが得意な人もいます。

 

 

 

どれが良いとか 悪い ということではありません。

 


それぞれに、その人らしいお金の流れがあります。

 

占いで金運を見るときも、単純に「お金が増えるかどうか」だけを見るわけではありません。

 

 


その人がどんな性質を持っているのか。


どんなお金の扱い方が合っているのか。

 

そういった「傾向」を見ることが、とても大切になります。

 

 

自分の性質を知らないまま、他の人のやり方を真似すると、

 

うまくいかないこともあります。

 


投資が向いている人もいれば、そうでない人もいます。


大きく稼ぐことより、堅実に守ることで安心できる人もいます。

 

 

また、お金を使うことで人生が豊かになる人もいます。


旅行をしたり、学びに使ったり、人のために使ったり

 


そうしたお金の使い方が、その人の運を巡らせることもあります。

 

 

大切なのは、自分の性質を知ることです

 


自分はどんなお金の流れを持っているのか


何を大切にして生きていきたいのか

 

 

それが見えてくると、お金との付き合い方も自然と整っていきます。

 

 

お金の安心は、金額だけでは決まりません。

 


自分の性質を知り、自分に合った流れを理解すること。

 

そこから、本当の意味での金運が整い始めます。


金運とは、まず「自分を知ること」から動き出すのです。 ✨

 

なぜか動きたくなる気持ちは、季節からのサインです

 

啓蟄のころになると


土の中で眠っていたものが、そっと動きはじめます。

 

 

まだ風は冷たいのに


なぜか「少し外に出てみようかな」と思う。


そんな小さな変化が、自然の中に生まれます。

 

 

その流れは 人の心にも起きています。

 

 

理由はないけれど


「何かを変えたい」


「このままじゃなく なにかいけない気がする」


そんな気持ちがふと浮かぶことありませんか

 

 

それは気のせいではありません。


自然の流れの中にある動きです。

 

 

 

今年は、丙午の年

 


火のエネルギーが強く、内側から力が湧きやすい年でもあります。

 

 

 

 

火は、怖いものではありません。


本来は 暗い場所を照らし


目の前の 一歩先を見せてくれる

 

 

今感じている「動きたい気持ち」は


あなたの中に 灯りがつきはじめているサインです

 

 

 

その怖さは弱さではなく、変わろうとしている証です

 

 

ただ、同時にこうも感じるかもしれませんね

 

「でも 怖い」


「失敗したらどうしよう」

 

それも、とても自然な感覚です。

 

 

 

殻から出るときは、誰でも少し怖いものです。


それは弱さではなく


ちゃんと大切に進もうとしている証です。

 

 

怖さがあるということは


それだけ真剣に生きているということです。

 

 

大切なのは


大きく変わろうとしないこと!

 

 

ほんの少しでいいのです。

 

 

・いつもより少しだけ外に出てみる


・気になっていたことを一つだけやってみる


・誰かに やさしく声をかけてみる

 

 

それくらいで、十分です。

 

 

 

丙午の火は 一気に燃え上がるよりも


小さな火を大切に育てることが力になります。

 

 

だから「これくらいでいいのかな?」くらいが


ちょうどいいのです。

 

 

 

気づいていないかもしれませんが


あなたはもう、動きはじめています。

 

 

こうして「変わりたい」と思えた時点で


殻の外に、少し顔を出しているのです。

 

 

 

 

小さな一歩でいい。自信は静かに育っていきます

 

 

焦らなくて大丈夫です。


比べなくて大丈夫です。

 

 

あなたのペースで


あなたのタイミングで進めばいいのです。

 

 

春は、急にやってくるものではなく


ゆっくりと近づいてきます。

 

 

それと同じように


あなたの変化も、ちゃんと進んでいます。

 

怖さの中にあるその一歩は


ちゃんと「成長」です。

 

 

だからどうか


その小さな動きを、大切にしてあげてくださいね。



あなたの中に灯ったその小さな火は、ゆっくりと

 

でも確実に未来をひらいていきますよ

 

 

 

 

ご縁が離れていく時にも、ちゃんと意味があります

 

前回は、「時」とご縁についてお話ししました。

 

今回は、少しだけ切ないけれど


離れていくご縁についてのお話です。

 

 

 

「最近、なぜか前のようにうまくいかなくなってきました」

 

そんなご相談をいただくことがあります。

 

 

大きな出来事があったわけではないのに


なんとなく距離を感じてしまう。

 

 

会話の間が少し変わったり


気持ちの温度に、ほんのわずかなズレを感じたり

 

 

 

「このまま離れてしまうのかも?」


そんな不安が、ふと心に浮かんできます。

 

 

 

 

 

できることなら


前のような気持ちに戻りたい。

 

そう思うのは、とても自然な気持ちです。

 

 

だから、ここで少しだけ


別の見方をしてみてください。

 

 

もしかしたら、そのご縁は、出会ったとき


ちゃんと“時”が合っていたからこそ、つながったもの

 

 

自然に会話が弾み


無理をしなくても心が通じ合っていたあの時間は


決して間違いではありません。

 

 

 

むしろ、その時に必要だったからこそ


出会い、支え合っていたのだと思います。

 

 

 

 

けれど、時間は少しずつ流れていきます。

 

 

 

目には見えなくても、


人の気持ちや環境は、静かに変わっていきます。

 

 

そしてあるとき


同じように過ごしているはずなのに


どこかに 小さな違和感が生まれてくる。

 

 

それは、どちらかが悪いわけではありません。

 

ただ、流れている“時”が


少しずつ変わってきただけなのです。

 

 

 

無理に元に戻そうとしても


かえって 心が疲れてしまうこともあります。

 

 

 

ご縁には、それぞれの役目があります。

 

ある時期に出会い


そのときに必要な気づきや時間を届けてくれる。

 

 

 

そして、その役目を終えたとき


静かに次の流れへと移っていきます。

 

 

それは、ひとつの季節が、やさしく幕を下ろしているだけ

 

 

離れていくことを


無理に引き止めなくても大丈夫です。

 

 

そのご縁がくれたものは


ちゃんとあなたの中に残っています

 

 

そして、手放すことで

心にそっと「余白」が生まれます。

 

 

 

大事なものを 一度手放す勇気

 

その余白は、少し寂しく感じるかもしれませんね、

 

けれども同時に 新しい流れを迎え入れるための


大切な空間でもあるのです。

 

 

今はまだ見えなくても


その余白の向こう側で


次のご縁はゆっくりと整いはじめています。

 

 

 

焦らなくて大丈夫です。

 

 

流れは、あなたにとって


ちょうどいい速さで進んでいきます。

 

 

だからどうか


離れていくことを責めないでください。

 

 

 

その変化もまた


あなたの人生に必要なひとつの流れです。

 

 

 

静かに手を離したその先で


また新しいつながりが、やさしく訪れます。

 

 

いつか 思うことがあるでしょう、

 

 

あの時間も、あの別れも


すべて意味のある流れだったのだと。