あれから5年……… | 徒然なるままに……理の赴くままに……

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今日は【東日本大震災】が発生してから5年目の日。
多くの人が黙祷をしたり、5年前に思いを馳せたりしていることと思います。

5年前の今日、私のその日は朝一番に【進撃の巨人】のマンガを知り、立ち読みしていました(笑)1巻を読んでいて、あまりの内容に気持ち悪くなって、途中で読めなくなっていました。
午前中にはカラオケ教室の仕事があり、午後の1時30分頃に終わり、帰宅しました。帰宅途中で、南の方角に、真っ黒い積乱雲が出ていて、この季節に積乱雲だなんて………と、かなり不思議に思ったことを覚えています。
帰宅してお昼御飯を食べて、マッタリお茶を飲んでいる時でした。市内放送から、聞いたことのない音がなり始めました。少し遅れて携帯電話の緊急地震速報が鳴り始め【あぁ………地震か。すぐ止まるだろう】と思ってました………ところが、揺れ始めると段々と激しくなり、止まる気配がなく、当時は二階にいた愛犬を、歩くことも出来ないくらいの揺れの中、走って階段を登り、愛犬を連れてまた階段を駆け下り、玄関の扉を開けて、外に出ました。
家の中の猫達を呼びましたが、若い猫は地震波を避けるように二階へ駆け上がり、年寄り猫達は、お気に入りの場所にいたまま動けなくなっていました。
一旦揺れが収まって間も無く、ものの二、三分だけ雨が降りました。
余震が続く中、私は犬猫を車の中に避難させ、車の荷台に、毛布やトイレットペーパー、水、食料を詰め、近くのドラッグストアへ水と薬、食料、生活必需品を買いに行きました。
同居人と両親と電話が繋がり、同居人の指示で、電気がついているうちに、お釜に炊けるだけの御飯を炊いて、おにぎりにして、ラップに包んで冷蔵庫に保存したりとかしてました。
今考えると、余震の中、よく動けたなと我ながら感心してしまうほどです。でも全ては無意識で、とにかく頭の中に浮かんでいたことをやりました。

両親と電話が繋がった時、両親はちょうどテレビを見ていて、東北が津波でひどいことになっていると教えてくれました。

その日は電車が動かない為、同居人は会社に泊まることになりました。同居人は歩いてでも心配だから帰る!と言ってくれたのですが、東京から埼玉の中の方まで、歩いているうちにまた余震やら災害に巻き込まれる方が心配なので、会社に泊めさせました。
夜になり、暗くなり、途端に1人が恐くなってきました。
テレビのような大きい音を出すと、余震の前の波動が感知できなくなるので、携帯を充電しながら、ワンセグのテレビでニュースを見ていました。
市内放送と携帯電話、そしてワンセグの緊急地震速報がなる度に、犬や猫達と共にビクビクしていました。恐くて御飯も喉を通りませんでした。
寝る前に靈氣をし、揺れが鎮まるよう、被害が少ないよう、ヒーリングをしました。
いつの間にか眠り込んでしまいましたが、不思議と夜中には大きな余震はありませんでした。でも、進撃の巨人の夢を見て、あのマンガと地震が一つに結び付いてしまった為、3年が経たなければ、恐くて進撃の巨人を読むことが出来ませんでした。

翌日、常磐線が動き始め、同居人を以前住んでいた場所に来るように指示(うちの最寄り駅関係の電車はまだ止まっていた為)して、そこまで車で迎えに行きました。
同居人の顔を見て、ようやく気が抜けました。

私の住んでいるところは災害の少ない地域なので、被害はありませんでしたが、それでもやはり、当時は恐かったです。

今日、黙とうをしようと思いましたが、あいにく仕事中だったので、黙祷は出来ませんでした。仕事が終わった後、車の中で、ひっそりと1人、黙祷をしました。
5年前の出来事を忘れることなく、ただ恐れるのではなく、災害や非常時に備え、いつでも対応できるようにしておきたいと、この日が来る度に、そう思います。