もう半世紀以上前になりますが、私の子どもの頃のお正月の風景と現在のお正月では、ずいぶんと変化しています![]()
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時代とともに価値観も変わっていくので当然なのですが
女性の在り方もかなり変化していると感じ、私はいつも当時の母の姿を思い出します。
年末年始の母は、とても大変そうでした。
餅つき、大掃除、おせち料理作り、ご近所やお世話になった人へのご挨拶で野菜を配って回る、、、
目の回るような忙しさでした。
その頃は、スーパーのお惣菜などなかったので、おせち料理は全て手作りで、何日もかけて準備します。
親戚の家族が来るため、巻き寿司はかなりの数を巻いていました。
中の具も一つ一つ材料から準備します。
穴子をさばいて七輪で焼いて味をつけ、海老をすり潰して炒って食紅で色付けをしてデンブを作り、卵を焼き、寿司飯を作り、、、
今思えば、気の遠くなるような手間ひまかけた作業です。
娘である私は、常に手伝うことが当たり前とされ、母に当てにされていました。
年末年始にどこかに遊びに行くなんて許されない雰囲気で、母は私が外出することをとても嫌がりました。
大晦日の夜遅くまで「なんで私だけがこんなに、、、」と愚痴りながら働く母のことを私は申し訳ないと思いつつ、見て見ぬふりをしていました。
夜には、どうしても紅白歌合戦が観たかったからです![]()
年が明けて叔母一家が来てお正月の1日を過ごしてから、私達家族は母の実家に泊まりがけで行きました。
それから帰ってくると、母はいつもしばらく寝込んでいました。
そんな母を見て育った私は、女性が自己犠牲をして我慢して家族のために尽くすのが当たり前という意識を持っていました。
一方で、年末年始の母はちっとも楽しそうでも幸せそうでもなく、かわいそうに思っていました。
私の中には、女性は家族のために尽くすのが当たり前という価値観と、母のようにはなりたくないという想いとが同居していました。
だから、結婚してから義実家で義妹(夫の弟の妻)が、お正月にほとんどお客さん状態でいることに違和感を感じて、腹が立っていました![]()
私の中で、『嫁なら手伝うべき、もっと動くべき!』という思いが強く
心の奥では我慢してやっている自分がいて、そうしない義妹が許せなかったのです。
(現在はずいぶん変わりました)
今の時代は、おせち料理は買ってすませる家庭がほとんどで、中には食べないという人もいます。
夫の実家に家族で帰るという風習も薄らぎ、それぞれがそれぞれの実家に帰るというパターンもよく聞きます。
働く女性が増え、家庭での在り方も変化しています。
誰かが我慢して辛い想いをするのではなく、みんなが楽しく心地よく過ごせる方が私は良いのではないかと思います。
母は、時代や社会や家族から求められた『良妻賢母』という女性像を一生懸命忠実に体現していただけなのです。
固い家庭で育った真面目な人だったので、よけいに『べき・ねば』が強かったように思います。
母は、ずっと家族のために家事をしてきて、人に料理をしてもらうことはほとんどありませんでした。
元気なうちに私の作った料理をいっぱい食べさせてあげたかったと、おせち料理を食べながら思いました。


