イランとアメリカの戦争で石油の調達が困難になり、多方面に影響が出ている。



石油製品の不足だけではなく、驚いたことに花も輸入が難しくなっているそうだ。



花束に使われるバラは中東、カーネーションは南米からの物が多い。



中でも、花束やアレンジに多く使われている『ヒペリカム』という花(実?)が入ってこないらしい。



花が散ってもすぐに実がなることから、花言葉が「悲しみは続かない」で、とても人気なのだそうだ。




その花言葉がステキだと感じつつ、『悲しみって続かないけれど、無くなることってあるのかな?』と思った。






私の場合、子育て中はただただ悲しく、心の中ではいつも『なんで?なんで?』と涙を流していた悲しい



息子は他の子どもと関わることがなく、集団にも入れなかった。



子ども同志の交わりがないのだから、親もなかなか仲間に入れなくて、どこに行っても孤独だった。



人と関われなければ、集団に入れなければ、この子の将来はないと頑なに思い込んでいた。



経験をたくさん積めば慣れるだろうと、必死でいろんな所に連れて行ったけれど、結果は虚しいことが多かった。



息子が成長するにつれて、特性もあり、みんなと同じようにできなくてもいいと思えるようにはなってきた。



『優しく諦める』という言葉が心に沁みた。



今ではあの頃の、心の中にいつも雨が降っているような悲しみは薄らいでいる。



でも、全く無くなってゼロになったわけではない。



心の奥にしまっているけれど、何かのきっかけで顔を出してくることがある。



思い出すと、かすかに傷がうずくこともある。





悲しみは、時には大きくなり、時には小さくなり、私の一部として共存している。



それでいいと思っている。



無くなる悲しみも、無くならない悲しみもあるだろう。



新美南吉作の『でんでんむしのかなしみ』という童話に出てくる「かなしみはだれでももっている」という言葉が好きだ。



悲しみは、生きてきた証かもしれない。



受け入れることで、救われることもある。



私も悲しみを抱えながら癒しながら生きているニコニコ