久々に息子がいちゃもんをつけてきた
「2人への好感度が下がりすぎて、声を聞くのもいやだ!もう一緒に暮らせない」
「父さんと母さんが、けんかするのが嫌なの?」
「それもあるけど、これまでの積み重ね!」
「どんなこと?」
高校を辞めたいと泣きながら言った時に母さんが泣いたので、それからは本音が言えなくなった。
仕事をしようといろいろトライしたけど、それは強迫観念からだった。どれも長続きせず、うまくいかなかったので、ダメな奴だと思われているのではないか。
学校に行ったり仕事をしようとした時に母さんが嬉しそうだった。期待されてるようで嫌だった。
「いろいろ試してもなかなかうまくいかないけれど、今は自分に合う生き方を探している途中だと思ってるし、それを応援したいとも思ってるよ。」
えっ、なになに?私らがなんかした?すぐに思い当たることがないんだけど、、、
などなど(他にもある)、これまでの(主に)私の対応を批判してきた。
「そう感じさせたことは悪かったね」と謝った。
そして、言い訳がましくなるけど、当時は自分の経験からの価値観しか持ち合わせてなかったこと、子どもには幸せになってもらいたいと願ってのことだったこと、親亡き後の経済的なことが心配であることなど私の想いを伝えた。
最後にそう伝えると、息子は「ありがとう」と言って、落ち着いた。
やり取りしてみて、『試し行動』という言葉がふと思い浮かんだ。
『試し行動 大人』で検索してみると
息子は、親に見捨てられる不安や自己肯定感の低さから、時折私達に暴言を吐いたり、いちゃもんをつけてきたりするのではないか。
こんな自分でも愛してほしいという想いがその奥にあるように思える。
不登校のお子さんの暴言なんかもたぶんそうだよね。
これまでは、息子から何か言われる度に落ち込んだり、悲しくなったりしていたけど、『試し行動』のことを知っているだけでも落ち着いて対応できそうだ。
まだまだ、私と息子の間には愛着の問題が存在している。
特性も関係してると思うけど、息子が心から安心できる関係ではないのかなぁ。
ありのままを受け入れるって簡単そうで難しい。
息子は、どんな自分でも愛してくれるのかと、私に突きつけてくる。
親のエゴ(あえてそう言うけど)を極限まで削ぎ落としてくれる存在だ。
親の器の大きさと覚悟を試されている気がする。
あきらめず、これからもコツコツと信頼関係を積み上げていきたい


