私が読んでいるブログは、不登校関連のものが多い。



みなさんの書かれていることから、『あ〜そういうこともあったよね。わかるわかる、私もそうだった』と当時の自分を思い出す。



同時に、辛く苦しかったことも時薬(ときぐすり)なのか、だんだんと傷が癒えてきているとも感じる。



それは例えば、制服の子ども達を見る度に胸が苦しくなって泣きそうになっていたのが



いつのまにか、心の痛みを伴うものではなくなってきたように。



あ、でも、学校関係者の息子の人権を無視した対応は、まだどこかで許せないでいるけどね。





そんな中、思い出したことがある。



息子が幼稚園の頃から通っていた相談機関の先生に



「小さなことでも、本人に選ばせてください」というアドバイスをもらっていた。



生真面目なところのある私は、食べ物やら、おもちゃやら、やりたいことやら



あらゆることを息子に尋ねて(お伺いを立てて)、選択させていた。



今思えば、それは、自己決定力や自己肯定感を育むことになると理解できる。



当時は、そんなことも分からずに言われるままにやっていた。





息子は登校しぶりがひどく、私がつきっきりでなんとか登校させていたが



ある日とうとう、ぱったりと行けなくなってしまった。



そんな中、月1回の相談で



「私はなんでも息子に決めさせてきました」と言う私に



先生が、「では、なぜ学校に行くか行かないかを本人に決めさせなかったのですか?」と言われた。



えっ!あぁ、そっか、、、⚡️⚡️⚡️




私は雷に打たれたようだった。



学校に関係ないことでは、息子に選ばせているような形をとり



いかにも意思を尊重しているふうにしながら



学校に関することは、親が管理しコントロールし、登校するように必死で誘導していた。



そもそも、子どもが学校のことを自分で決めるということ



学校に行かないという発想が、私には全くなかったのだ。



どうしても譲れない部分だった。



息子に対して、矛盾したことをやっていたと反省、、、ガーン





今の私なら、あの頃の息子にどう対応するだろう。



やっぱり、はじめは学校に何とか行かせようとするかもしれない。



けれども、あの頃よりも柔軟に対応し、息子の気持ちを分かろうとするだろう。



いくら親が強く望んでも、本人の意欲がないと何事も難しい。



親が自分の気持ちを整え、落ち着いて安定させることが、遠回りにみえても子どもの回復の近道になる。





数々の苦い経験があるからこそ、失敗を繰り返したからこそ、今の自分があるニコニコ



ちなみに、息子は今少しずつ社会と繋がろうとしている。



その際、学生時代と違って自分で決めていかなければならない場面にたくさん出くわす。



親はもうよけいな口出しができないことも多い。



息子は自分で考え、自分で選択しながらゆっくりと進もうとしている。