息子が小学校3年生の時、私に乳がんが見つかった。
その頃は(それまでもだけど)息子の登校渋りがひどく、なんとかなだめすかして登校させるのに、ほぼ午前中の時間を費やしていた。
息子を学校に送り届けた後は、息子とのやり取りに疲れてソファーに倒れ込むほどだった。
そんな毎日だったので、がんが見つかった時も息子のことで頭がいっぱいで、どこか他人事のようだった。
最初は、「切って放射線して終わり!」と医師も簡単そうに言っていたのに
手術をすると、リンパ節にも転移が見つかり、抗がん剤をはじめ治療のフルコースを受けることになった💦
治療でまず気になったのは、通院中に息子をどうするかということだった。
まだ1人で留守番ができなかったので、なんとか午前中だけでも学校に行ってほしいと思った。
でも、こればかりはなかなか思うようにいかず、息子がぐずって病院の予約時間に間に合いそうにない時は、一緒に車で病院に連れて行った。
放射線治療の部屋に親子で入るわけにもいかないので、病院の図書室で待たせていたが
勝手に動き回る子だったため、病院の中で迷子になっていないか治療中も気が気ではなかった。
抗がん剤の副作用がひどくて動けない状態の時には、学校から「早退するので迎えに来てほしい」という連絡が入った。
「はい、わかりました」と平静を装い、無理して車で迎えに行った。
断ることも人に頼ることもできず孤軍奮闘していた、、、
後から、かなり悪性度の高いタイプのがんだったと知り、医師から「再発しなくてよかったね」と言われてゾッとした
💦
当時は息子のことが最優先で、自分の心も体もなおざりにしていた。
あの時、自分の命にもっと真剣に向き合っていたら
自分を大切にするということに気がついていたら
自分の生き方が変わっていたかもしれない。
息子への対応ももっと早く方向転換できたかもしれない。
けれども、私はその後も学校に執着し、息子に対してやらかし続け
自分に向き合って生きづらさに気づくのは、もっと後のことだった。
私は、がんという試練をうまく活かせなかった。
あれから13年が過ぎて、今のところ再発もない。
生かされたということは、『まだまだあなたには修行が必要』ということだったのかもしれない。
私と前後して、同じ支援機関に通っていた2人のお母さんにも乳がんが見つかった。
親の会の仲間には、免疫疾患の大病をした人もいる。
発達障害や不登校のお子さんを抱える母親の日々のストレスは計り知れない。
過度なストレスは、心身に影響を及ぼす。
免疫機能が落ちることで病気にもなりやすいし
鬱状態になる人も多い。
子どもは、命さえあれば何とかなる。
どうか、お母さん自身の心と体を大切にしてほしい。
自分をいたわってほしい。
1人で抱え込まないで、自分のストレスを少しでも減らしてほしい。
お母さんの安定とゆとりがまずは大事だから![]()
