17歳から5年間ひきこもっていた息子が、あれほど嫌がっていた学校に行きたいと突然言い出した。



予想外のことに私は動揺した。



今さら、、、という気持ちもあったし、息子には正直無理だと思った。



これまで、保育所も幼稚園も小学校も中学も高校も続いたことはなかった。



その時その時で異なる(表面的な)理由らしきものはあったにしても、学校という場所には適応できなかった。



これから受験までたどり着くことも、たとえ入学して通い続けることも厳しいと私は想像してしまう。



息子は、中学の時に担任と合わなくて、ひどい二次障害を起こした。



再びあのようなことになれば、また立ち直るまでに何年もかかるだろう。



いや、もし一生立ち直れなかったらどうしよう、、、という恐怖が私の中でひろがっていった。



発達特性のある子にとって、合わない環境に身を置くことは非常にリスクが高いし



絶対に大丈夫という保障もない。



私は自分の中にある不安にひたすら向き合った。






先日、息子がメンタルクリニックに行ってきた。



いつも5分間診療なのだが、その中で息子は最近調子が良いことと進学を考えていることを伝えたらしい。



息子から具体的な言葉は聞けなかったが、医師は背中を押すようなことを言ってくれたようだ。



それを聞いた瞬間私は、『いいかげんな医者だ!』と思ったプンプン



だって、そのクリニックには成人後にかかっているので、子どもの頃の様子をその医師はよくわかっていない。



あの凄絶な日々を知っていたら、そんなことは簡単には言えないだろうと思う。



でも息子は「嬉しかった」と言ったびっくりビックリマーク



今回のことに対して、私は口に出して「無理だからやめろ」というようなことは言わないけれど



母親の心配、不安オーラを息子は否定されたと感じ取っている。



だから、第三者に自分を肯定してもらえたことが嬉しいのだ。



もし、私が反対して息子のやりたいことをやらせなかったら



息子は「あの時に母さんが反対したから思うようにできなかった」と母親を恨み後悔し続けることだろう。



親子の信頼関係も崩れるかもしれない。






あと、気がついたことがある。



今の私は、これまでの自分と比べて自己受容が進んでいる。



『どんな自分でもいい』ということは、『どんな息子でもいい』ということだ。



たとえ、途中で投げ出しても(それは覚悟しているけどね)精神的に病んでも



どんな息子でも私は受け止められるだろうか?



自信があるような、ないような、、、



その時になってみないとわからない💦



ただ、揺れ動いても振り回されても、フラットな自分に戻れる私でありたいと思っているおねがい



そして、あのどん底の日々から思えば、息子の気力が上がってきたことが嬉しいニコニコ