私は自分の名前が嫌いだった。
『子』がついていて、ごくごく平凡で、昭和のどこにでもあるような名前だったから。
もっと可愛くてしゃれた名前が良かったなぁとずっと思っていた。
それだけではなく、親の名前の付け方も気に入らなかった。
私の通っていた小学校では、誕生月には自分の名前の由来を全校児童の前で発表していた。
誕生月が来て、母に名前の由来を訊くと、「わからない」と言うではないか💦💦💦
どうやら、父の「◯子だ」という一言で決まったらしい。
父親に尋ねようにも、夜遅く帰宅して朝早く出ていくので、話もできない。
両親や家族で相談したわけでもなく、父親が直感というか雰囲気で付けたらしい。
私は、がっかりした。
しかたなく、自分で名前の漢字の意味を調べて、それらしい内容を考えて発表した。
それでなくても思春期にさしかかり、家族に無関心な父親に反発していたのに
名付けの時から愛されていないように感じて、ますます父親が嫌になった。
私など、息子の名前は性別が分かった時から真剣に考えていた。
本を何冊も買い込んで、幸せになれる画数を必死に調べた。
これが息子への最初のプレゼント🎁だと思いながら、、、
いくつかの候補から最終的には夫が選んだけれど、画数だけでなく、その意味や音の響きなど熟慮を重ねて決めた。
本当のところは分からないが、自分に比べて父が安易に娘の名前を付けたように思えて、腹がたった。
先日、陽さんのハピスマ講座のシェア会で、『名前ワーク』をした。
自分の名前の漢字、それぞれの由来や意味を調べて、自分なりに『名前に込められた使命や才能』を考察してみるというワークだ。
私の名前の漢字の意味を調べてみた(漢字は、ここでは公表しませんが)
・閉じたものをあける。未知のものを明らかにする。教えみちびく。みちびく。
・出発する。貴人が出歩く際の先払いをする。
・明けの明星。金星
・立春、立夏の時候。
今の私は、本当の自分、あるがままの自分を出していきたい
自分を開放して、自由でありたいと思っている。
また、辛かった子育ての経験が誰かのお役に立てたらという思いもあり
ブログや親の会のボランティアも続けている。(ブログはアウトプットの意味もあります)
考えてみると、名前の漢字の意味と合致しているではないか!
閉じ込めていた本当の自分、ありのままの自分を開放して自由に生きる。
自分の経験を活かして、苦しんでいる人を励まし照らしていきたい。
嬉しくなって、その漢字がとてもステキに思えてきた。
私は、自分のことが好きだと思えるようになった数年前から、名前への嫌悪感が薄らいできていた。
自分を受け入れることは、自分の名前も受け入れることであり、親のことを許せることでもあった。
私は今、自分の名前がとても気に入っている。
父は、どんな想いで私に名前を付けたのだろう。
生きている間に訊いてみたかったが、それはもう叶わない。
そっと『お父さん、ありがとう』と心の中で呟いてみた。
参加者さんそれぞれの自分の名前への想いを聴くことで、とても温かな気持ちになった。
どの方も、今は自分の名前に愛着を持っている。
名前はもはや自分の一部になっている、愛すべきとても大切なものだと思う![]()
