ロックフェラー通りのクリスマスツリー -2ページ目

進路変更

海はバイトが終わり、家に着いた。



いつもは朝までのバイトなのだが、今日は店長が夜勤をやるため早く終わった。


「ただいま」



「あっ、おかえり。お疲れ様」



美紀は玄関まで行き、海を迎えた。



「あぁ、隆太寝たのか?」


「うん、さっき寝たとこ」


海は部屋に入り、隆太の無邪気な寝顔を見た。
疲れている海にとって、お風呂やご飯よりも、この無邪気な寝顔が1番効くのだ。



「ごめんな、こんな時間まで」



「うん、大丈夫」



海は椅子にゆっくりと腰かけ、テーブルの上に進路調査の紙を出した。



「やっぱり気持ちは変わらないんだ…」



「あぁ…」



海は第一志望に書いてある東慶大学医学部を横線で消した



「…後悔しない?」



「…あぁ」






次の日の朝、海と隆太と美紀は3人で登校していた。海と美紀の間に隆太がいて3人で手を繋いでいる。



「なんか結婚してるみたいだね、私たち」



「そーかー」



海はそっけない返事をするが、内心ちょっと照れていた。



「美紀ねぇちゃんがお母さんになるのー?」



「なにー隆太、嫌なの?」


「うれしい、だってにぃちゃんのご飯、チャーハン以外おいしくないんだもん」



「なにーこの」



海は隆太にこちょこちょをした。
学校ではこんな無邪気な笑顔を見る事はできない。
隆太の前だからこそ見せる顔なのだ。
美紀はその無邪気な笑顔を見るたびに幸せを感じていた。

雄二と美紀

「はいー。遅刻30回おめでとー」



海が教室に入ると、雄二が教室全体に聞こえるくらいの大声で叫んだ。
雄二は、海の親友で学校にいる時や遊ぶときはいつも一緒にいる。容姿はイケメンの部類に入るのだが、なぜか女子からはモテない。時々このように大声を出したりする異常なテンションが原因であることは、海は薄々気付いているが、本人はまったく気付いていない。



「数えてんじゃねーよ。そしてうるさい」



海はめんどくさそうに、自分の席に座った。
海と雄二は席が隣で、テンションが低い海の隣にはいつもテンションが高い雄二がいる。



「なぁ、あれ見せろよ」



ニヤニヤしながら雄二は手を出した。



「なんだよあれって」



海はめんどくさそうに言い返す。



「進路調査だよ最終の」



「あぁーこれか。第一志望しか書いてねーや」



海はかばんから一枚の紙を取り出し、雄二に渡した。


「出た、東慶大学医学部。超エリート大学」



「声でけーっつーの」



「えー、やっぱ東慶にしたんだ」



横から違うクラスの美紀が話にまざってきた。
美紀は海の彼女で、学校一の美女と言われている。



「お前は何にしたんだよ」


「私はもちろんCA(キャビンアテンダント)になるための専門学校よ」



「へー、美紀CAになりたいんだ。じゃあ将来一緒にフライトする日が来るかもな」



「雄二もCAになるの?」


美紀は軽くおちょくった。


「ち、ちげーよ、パイロットだよ」



雄二はムキになって言い返した。



「てかさ、前から聞こうと思ったんだけど、なんでパイロットになりたいの?」


「やっぱさー、パイロットってモテるイメージしかないじゃん。あんなカッコイイ制服着てさ、ラジャーなんつったらもう女寄りまくりじゃん。それに、CAと社内恋愛だって出来るし」


雄二はもう鼻の穴全開で妄想モードに入っていた。



「いやらし~」



美紀は変態を見る目で雄二を見た。



「そんな理由か」



海は冷静にツッこんだ。



「じゃあお前は何なんだよ」



「俺はもちろん大切な人が病気になってもすぐ助けられるからだよ」



「うさんくせ~」



「雄二の理由よりは一億倍ましだと思うけど」



海をかばう美紀。



「ふん」



雄二は完全にふてくされた。



「美紀ー、次体育だよ」



美紀の友達が、教室の入口から美紀を呼んでいる。



「はーい、今行くー。じゃあまたね」



「あっ、美紀。俺今日バイトだから隆太の飯お願いできるか?」



美紀は、海がバイトの時は代わりに隆太のご飯を作っている。
隆太から見れば、美紀は姉同様の存在である。



「うん、わかった」



そう言って美紀は教室から出て行った。



「いーよなー。海にはあんなカワイイ彼女がいて。おまけに手料理まで作ってくれるなんて。お前の弟がうらやましいよ」



隆太の話題になり、海は医者から言われたことを思い出していた。



「なぁ、この進路調査って提出明日までだよな?」



「あぁ、そうだけど。何、やっぱ東慶受けるの怖くなって来た?」



「別にそんなんじゃねーよ」



『急いだ方がいい』という医者の言葉が海の進路を迷わせていた。

海と隆太

ガタンガタン



ガタンガタン



海は隆太を後ろに乗せてパンクした自転車を走らせていた。



「にいちゃん、おしり痛いよ」



隆太は朝っぱらから不機嫌な顔をしている。



「そんぐらい我慢しろ。ハーハー」



海は息切れをして汗を垂らしながら自転車を立ちこぎしている。



季節は夏。この日は30℃を越す猛暑日であった。



隆太はランドセルに結んであるカード入れに入っている『ロックフェラー通りのクリスマスツリー』の写真を見ていた。



「よーし着いた。ギリギリセーフ」



隆太の小学校の校門前に着いて海は自転車から降り、呼吸を落ち着かせた。



「セーフじゃないよ。アウトだよ5分も」



隆太はまた不機嫌な顔をする。



「バーカ。5分なんて遅刻の内に入んねーの。
じゃあな隆太、学校頑張れよ」



海は自転車に乗り、またパンクした自転車をこぎはじめた。



「にいちゃん学校あっちだよー」



「寄り道ー」



海は手を横に降り、そのままこいでいった。



海はそれからしばらくこいで病院の前で止まった。
相変わらず海の汗は止まる事を知らないでいた。



「おはようございます」



海は病院の中へ入っていく。



「おはよう、どーぞ中へ」


海はまだ開院前の薄暗い中へと入っていく。



先生が電気をつけ、海に座れと手で指示する。



「ごめんね、学校前だって言うのに…」



「いえ…それで、隆太は?」



「うん…この前の検査でわかったことなんだけど、まぁ隆太君の病気は年々悪化していく病気なんだけど、隆太君の場合、他の患者より進行が早いんだよ」



「えっ…」



海はショックを隠しきれなかった。



「うん、このままのペースで病気が進行して行くと、後数年以内に手術しないと間違いなく手遅れになる。もしかすると今以上に進行が早くなる可能性だってあるんだ」



「手術の事はもう少しだけ待ってください」



「隆太君はまだアメリカ行きを…」



「…はい。隆太もまだ子供ですし、実際に両親があのような事故に巻き込まれていますので…」



「そうか。でもなるべく急いだ方が…」



「はい。わかってます」