いやぁ苦心した!引っ越すや否やPCがイカレるわ、ネットもイカレるわ、不動産屋呼ばなきゃならんわでやむを得ず放置プレイになってしまった!すまなかった!

連絡関係はできる限り返すようにしていましたが、もし私に連絡したのに返信がないなどがあったら
苦情はいつでも受けつけますので面倒をかけますがよろしくお願いしますm(_ _)m

さて、5月から。否正確に言えば巡礼と銘打って各地を回り始めたのは3月から、いろんなことがありました。

私が「巡礼」を始めた理由は前の日記に書いた通り、現代における音楽の可能性を探求したかったから。

音楽シーンって私が言うのもおこがましいけど、10年前とかと確実に変わってきてると感じています。
CDリリースしてカラオケに入ってなんぼの時代から、もしかすると配信はもとより、ライヴの時代になるのかもしれないと。

そもそもライヴハウスに行く、という文化は日本人にはあまり一般的ではありません。
カラオケと居酒屋の文化である日本で、ライヴハウスに行くきっかけというのは身近ではない。
これがアメリカだと逆のようなんですが。

少なくとも、私が音楽活動を始める前のごくごく一般の人だった時を振り返ると、
そうなのではないかと思います。

音楽は、オリコンチャートや雑誌で知って、そっからCDを買ったりダウンロードするのが常識。
ライヴハウスはなんとなくとっつきにくい。
チケットぴあとかローソンでチケットを買ってライヴに行くのはわかるけど、チケット持たずに会場いってどうしたらいいんだろう?
それが一般的な感覚なのかもしれません。


正直私も昔はそうでした。

しかも、名も知らないアーティストのライヴにお金を払って行こうと思うにはそれなりの動機が必要じゃないかと。
じゃあ、私たちミュージシャンはどうしたらいいんだろう。

もし今後、音楽シーンがライヴの時代になっていくなら(と思う根拠はアイドルブーム→ライヴ主体のマーケティングという方程式の出現これはおそらくバンドブームのアイドルバージョンともいえるかもしれない)
ライヴという商品に対して商品価値が求められるのは至極当然の事。
で、今現在私を含めたインディーズシーンもしくはアマチュアで活動をするアーティストは
表立って世に出てはいなくても、何かしらすばらしい見せ方をしてくる人が沢山いて、
もしかしたらこれまでになかった方法で見る人を楽しませられるような、そんな方法が生み出せるかもしれない。

よく言うじゃないか、3人寄ればなんとかって。

私は常々、今後音楽含め現代のエンターティメント並びに芸術をどうしたら良くしていけるんだろうと考えておりました。
自分だけが、じゃなくて全体を良くしていけばなんらかの可能性があるんじゃないか。
だから巡礼を始めて、いろんなアーティストに出会う旅に出ました。

最初の最初は、思えば・・・
本当の最初は、学校の廊下でのライヴでした。



今日はBABY SNAKESのキーボーディストとして録った~♪



ウクレレでバンド曲やるがみつ氏。ベーシストです。ハワイアンバージョンを来年夏までに作る目論見ということで。



バンド曲はプログレロック。
ほぼ作曲はこの方が担当。リーダーのAGさん。




Android携帯からの投稿
7月は想定外の多忙さに追われ、巡礼がストップしてしまった。
しかしながら、私が演る方ではなくとも、観る方では巡礼を続ける事が出来たしそれなりの収穫もあった。

何故、巡礼を始めたのか。
それは私が音楽活動をする中で抱いてきたある疑問にあった。

何気に出るライヴに知り合いが多いがその一方で、同じ音楽をやっている人でも全くもって出会わない人もいるらしい。

何故なんだろうと。

田舎娘が東京に出てきて、広い世界に出た様なつもりになっていた。

しかし実は都内に出たからいきなり広くなるわけではなく。

そしてやり方はひとつではなく。

アーティストの数だけ方法があり、

マニュアルはあるようで実はなくて

アーティストの数だけ正攻法が存在する。

という仮説を私は立てた。

だって、こうすりゃ売れるなんてノウハウだけじゃ誰が唱っても同じじゃん。

だから最近の音楽はつまらないなんて言われちゃうんだよ。
じゃあさ、
最近の音楽はつまらないなんていう人はいったい何を訊けば面白いっていってくれるんだろう。

それをずっと探していた。
つまらないっていうからには
何かしら突破口があるはずだ。

そして私はまだ見ぬアーティストに出逢うべく、巡礼を始めたのだ。

それは順々に書こうと思う。



Android携帯からの投稿
ジャケットデザイン用に歌詞を送るんだけど、打つの面倒になって確かどっかの日記に上げたよなって読み返してみたら、レコーディングしたのって4月5月だったんだね!
もう7月半ば過ぎだよ!早すぎる~
まだまだやれてないことだらけだな~。やるべきことも多いし、やりたいことが多すぎる!

でも4月にレコーディングして、あっという間に7月になってしまったのは
毎週毎週ずっとライヴで歌ってライヴに集中していたからですね~♪
4/12 千駄ヶ谷
4/29 駒込
5/10 船橋
5/17 立川
5/24 渋谷
6/5  新宿
6/8  宿河原
6/11 国分寺
6/20 赤坂
6/29 駒込
7/6  学芸大学
7/13 本八幡

本当にいろんなとこで歌わせてもらった!!
セッションやオープンマイクいれたらこの倍くらいだね。

楽しかったよ(*^_^*)
だから次回がちょっと先になるのは寂しいんだけど、
その代わり制作に集中します!

完成させたい作品が沢山☆

早く作り上げてお届けしたいんだ!
仕事をしていても、移動をしていても、脳内が勝手にいろんなことを思考してしまったり気づきだしてしまったり、ひらめいてしまったり。
意図せずに脳内がとにかく忙しくなってしまうのは多分性癖。
そこで時々飛び出すのが脳漿炸裂ガール(注:ボカロPれるりりで検索)ならぬ脳漿ぶちまけガール。
自慢するわけじゃないけど、哲学者みたいな癖があるらしく
不意にどーでもいいことを考えてしまいます。
そっからかってに発展して論理の展開、もしくは持論の展開、それも意外と見た目より強い自己主張。
素直さも柔軟性もあるほうかもしれないけど、最終的に主張の強い奴だと思います(^^ゞ
それがあったから今の「弾き語りミュージカル」は確立できたのかもしれません。
私が最初にシンガーソングライターを辞めようか悩んだのは15歳のときでした。(早っ)
なぜかって言うと、売れる曲はこうだとか言われて自分の作品を全否定された気がしたからです。
そっから「まぁそれも一理あるな」と考え
でも「それに迎合するだけじゃ作家でいいじゃん」と思い
試行錯誤しつつ学生卒業して東京に来ました。
そっからしばらくは確か、作家になるべきかアーティストをするかフラフラしていた気がします。
作家向きとは言われていましたが
もし作家でやるならそれこそ割り切って「こいつは手元を離れるんだし」って養殖魚育てるみたいな気持ちで作る必要が出てきました。
しかし自分のやりたいことはそうじゃなかったねぇ
う~んどぉしよう。端にも棒にもかからないのか、それとも唯一無二になれるのか、まるで賭け事だぜ。
そこで私の曲の作風って当時はなかなか浸透しずらくて
いわゆる王道楽曲の雛形はゆうに逸脱していました
が、同時にキャッチーでもあったようです。
だって雛形どおりじゃつまんないんだもん。
でもあまりにもとっつきにくいとなぁ~
っていう都合のいいポジションを求めていたわけですね。
しかしその正直さが今になって功を奏しているかもしれない。
私自身、定型文や雛形に縛られるのは嫌いです。
どれだけ常識を引っくり返せるかって常に考えてます。
そんな過程で「弾き語りミュージカル」は誕生しました。
どうやってつくったってそうなってしまうんだったらむしろそれって才能ではないですか?
雛形どおりに作れることが全てじゃない。
もっと面白いものが沢山あるかもしれない。