教会は、そのうちにおられる真理の霊である聖霊によって真理を教え、それを保つ権能を神によって与えられている。この教権は、キリスト信者以外の者には、教会が自己を権威付けるための独断であり、思い込みの産物でしかないと思われるであろう。しかし、教会の教えるドグマを、人類が各々の時代における知識と理性をもって覆そうとした様々な思想・学説は、時の流れに耐えられず、次々と消えていったのに対して、使徒伝来のキリストの教えは今日に到るも少しもその力を失わない。人生の諸問題に悩み苦しむ人々に光を与え、希望を与え、人生を新しくする力を教会は与え続けている。信じるべきことを信じない、神に逆らい立つ人間理性など全く当てにはならない。そのような者には、逆に信じるに値しないようなものを易々と受け入れる軽信が多く見受けられるものである。
十字架の教えは、滅びてしまう者にとっては馬鹿らしいことですが、救いの道を歩いているわたしたちにとっては神の力です。
「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを空しくする」と聖書に書き記されています。
一コリント1,18-20

十字架の教えは、滅びてしまう者にとっては馬鹿らしいことですが、救いの道を歩いているわたしたちにとっては神の力です。
「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを空しくする」と聖書に書き記されています。
一コリント1,18-20
