すっかり忘れておりましたが、8月21日は私の12回目の受洗日でした。
あの頃が、今までの人生で一番辛かった。本当に辛いとき、人は人を助けてやることが出来ないのだな、ということを知りました。非情だからではない。無力だからです。しかし、教会は私のために祈ってくれていました。そして、神様は私を苦しみから救いだして下さいました。
今、私の周りにも苦しんで生きている人たちが幾たりもいらっしゃいますが、私に出来ることは何もありません。ただ、毎日祈っております。それがキリスト信者たる自分にとって、一番大切なつとめだと思っております。そして、私の祈りが力あるものとなるためには、私の心が、生きざまがもっとキリストと一致していなければならない、ということを思うのであります。

あの頃が、今までの人生で一番辛かった。本当に辛いとき、人は人を助けてやることが出来ないのだな、ということを知りました。非情だからではない。無力だからです。しかし、教会は私のために祈ってくれていました。そして、神様は私を苦しみから救いだして下さいました。
今、私の周りにも苦しんで生きている人たちが幾たりもいらっしゃいますが、私に出来ることは何もありません。ただ、毎日祈っております。それがキリスト信者たる自分にとって、一番大切なつとめだと思っております。そして、私の祈りが力あるものとなるためには、私の心が、生きざまがもっとキリストと一致していなければならない、ということを思うのであります。
