俺は近づいていって、彼に聞いたんだ

何でこんな美しい壁の上に、こんな凄惨な絵を描くのか、とね

日本語だから通じないんじゃないかとか…そんなショボい心配は全部飲み込んでしまう世界の中、彼は言った


『君は、この壁の向こう側がどうなっているのか、知りたくないのか?』


一見答えになんかなっていないようだ

けど、俺は彼の言葉を聞いた瞬間に全てを悟った

あぁそうか、この人は


「壁の向こう側の世界を、自分の持ちうる力全てを使って変えようとしているんだ」と


だけど俺は虚しくなった

「いくら壁に凄まじいエネルギーを秘めた作品を描いても、壁の向こう側には何の影響を及ぼすこともない」事を、知っていたからだ

当人から一歩離れている者なら、誰でも分かる

いくら凄まじい絵を描いても、壁が壊れる訳じゃない

いくら凄まじい絵を描いても、その向こう側の空気1つ震えさせる訳ではない

いつかこの芸術家の執念も、燃え尽きる時が来るだろう

当たり前だ

誰も「永遠」には勝てないのだから

その時が訪れてからの彼は、一体どのような道を歩み出すのだろうか…



「それを考えようとした時、目が覚めたんだ」

「起きて間もない時はまだ頭がぼんやりしていて、何も考えられなかった」

「けど台所行ったら、お袋が首つって死んでた」


カケルが一人で喋っているのは明白だが、僕はまるで、何人もの人間に一斉に話しかけられているかのような錯覚を感じる

コイツ…ナニイッテンダ?


「でもさ…」カケルが続ける

「お袋が目の前で死んでるってのに、全くショック受けないんだよなぁ~…。そりゃあ…眠いってのはあるぜ?けどよ、全然冷静なのよ、俺。あまりに冷静すぎて、テーブルに置いてある遺書にも興味持てなかったしなぁ」

最後には、若干の笑い声が混じる

そして、彼の口から出てきたあまりにもありきたりな言葉が、彼自身の最後の迷いを切った



「今、分かったよ」



気がついたら彼は、屋上のネットの向こうにいた

何も言わずに後ろ向きに倒れる

説得をする時間も、必要性さえも感じなかった

あまりにも清々しく自然な彼の死に様を、僕は文字通り「旅立ちを見送る」気分で見下ろしていた


そして…僕は彼のラスト数秒の命を見ながら、彼がこう主張しているようにも感じた


『話すらマトモに聞いてもらえず、笑われるだけの俺達の今を考えてみたらよ…。全部自己完結できる天国のピカソの方が…。もしかして…。世界を変えられる可能性…高いじゃん?』


最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴る

僕は、自分が無意識のうちにネットを掴みながら彼の話を聞いていた事に気づく

そして、麻痺して今まで感じなかった恐怖や焦燥と共に、1つの疑問が湧いてきた


「こんなに近くに居たのに、どうしてアイツはあんなに遠く感じたんだ?」…と



序章…終わり
「ロックンロールが死ぬ訳ねぇだろ」

そう言ったのは、同じ中学で一緒にバンドを組んでいた同級生のカケルだ
最終下校時刻が近づき、校庭では中学生たちが、歩いたり…走ったり…各々のスタイルで校門に向かっている

僕らがいるのは、この学校の屋上だ

「えっ?誰が死んだって?」

とっさの事で彼の言葉を上手く聞き取れなかった僕は、的外れな言葉を返した

そんな僕には構わず、だっておかしくねぇ?とカケルは続ける

「ジミヘンが伝説を作った後にはビートルズが続いて、それからしばらくしてニルヴァーナが盛り上げて…次に語り継がれるのはオアシスだろうな…」と彼は饒舌になる

「こうやって伝説は今まで繋がってきたんだ、死ぬわけがねぇだろ」

「いや…その伝説が絶える可能性だってあるんじゃないのか?」と僕は切り返す

もしかしたら、僕らが勝手に勘違いしてるだけで、もう死んでるのかもしれない…

「ばーか」カケルは得意気に鼻を鳴らす

そういう切り返しを予期して、予め何か考えてきたのだろう

「俺が言ってるのは、『ロックの魂』の事だよ。バンドやそいつらが残してきた伝説なんてのは、大した問題じゃない」

さっきまで『バンドや、そいつらが残してきた伝説』を話題の中心として挙げていたクセに…と僕は呆れる

しかし『ロックの魂』という言葉に興味をひかれたので、反論はしないでやった

最終下校時刻は刻々と近づく

「お前よ、ハンコッキって知ってっか?」

なんだそれ…?

「知らねぇのかよ、マジで?ははっ、驚きだぜ~」

頭の中が熱くなる

かろうじて「小3の時点で『1足す10の答えは、たくさんです』って答えたお前にも驚いたけどな」と言い返す

彼は怪訝な顔をする

「何で小3の授業で『1足す10』の答えを聞くんだ?」

「さぁな、教師が割り算のやり方教わってこなかったんじゃねぇの?」

そんなことよりよ…と彼は話を再開する

「ハンコッキだ」

「だから知らねぇんだって」

「今から教えてやる」

「手早く頼むぜ」

最終下校時刻までの残り時間は少ない

だったら帰りながら話せばいいのだが、それをしたくない空気が二人の間に流れる

まず簡単に言うとだな…と、彼は深呼吸する

「俺達は、まさにその時期の真っ只中にいるんだよ」

カケルは胸を張る

ほうほう、どうやら『ハンコッキ』の最後の『キ』の字は、漢字に当てはめると『期』ということになるらしい

更に彼は続ける

「俺らがガキの頃とは比べもんにならない位色んな事を考えたり、親や教師に苛立ったりするのは、全部これが原因らしいんだ」

………………………

何だよ!

ハンコッキってソレかよ!

俺らが最も嫌いな言葉

何かというと「難しい時期だから…」とか「今が耐え時」とか話題に挙げてくる、あの免罪符

分かってやろうとする努力を投げ出すことへの免罪符

「……か…よ、俺はお…」

カケルは何か言っているが、俺はもうこの話に興味を失っていた

ソレについての話なら、もう何十回も聞いた

全部一方的で不愉快な、それでいて誰が話しても内容の変わらない偽善だ

「わりぃけど、先帰るわ」

適当なところで話を遮り、俺はヤツに背中を向ける

最終下校時刻のチャイムと共に校門を閉めるため、教師が校庭を歩いているのが見える

まだ間に合うだろうか

しかしそこで…かすれた声が響いた

屋上であるにも関わらず、確かに響いた

「待てよ…」

珍しく深刻な声

でも俺は立ち止まらない

これは意地だった

「話を聞いてくれよ…」

聞くもんか…聞くもんか…

何で、こんなやつの話を聞かなきゃならないんだ?

何で、コイツは自分の喋ってる内容のくだらなさに気がつかないんだ?

何でコイツは…

何でコイツらは…


「親を殺してきたんだよ!」


息が詰まった

オヤヲ、コロシテキタ?

「夢を見たんだ!」


どんな夢なんだ?

親を殺したら自由になれるぜ!っていうカミサマのお告げか?

それともカミサマじゃない何か他のもの?

仏?

悪魔?


「死んだピカソが出てきた」

ピカソ…?


「ピカソが天国の白い無限の壁の上に、自分の血でゲルニカの続きを描いてるんだ!」

意味が分からなかった


(part2へ続く)
しばらくの間、ブログの更新をお休みしたいと思います

ここ数日ブログやノートに自分の思いを書きまくっていたのですが…

疲れが出てきたようです

元々大したことは書いていませんが…上手いこと言葉が出てこなくなりましたガーン

しばらく自分と向き合うのは休みたいと思います


それでは、もしまた会えたら…




にゃーカサイにゃー