京都市右京区にある龍安寺(りょうあんじ)に行ってきた。
なぜ龍安寺なのか・・・
熱帯魚業界でリーダー的存在のADAが紹介した龍安寺の石庭
水草水槽で、石を使った水景が人気で話題になっているのだ。

 

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こうした石組水景は、日本庭園の枯山水と共通するものがあり、龍安寺に興味が湧いた。

冬の京都は、紅葉シーズンを終えて、静かさを取り戻し何とも良い感じになっていた。
まず迎えてくれるのは、洪水で破損して再建された山門 

 

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山門を通ってすぐ左に、比較的大きめの鏡容池

 

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鏡容池を越えると、寺院への参道

石階段の脇には、龍安寺垣
竹を菱形に張ってあり龍安寺独特の美しさを醸し出している。

 

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寺院に入ると、目の不自由な方のためのミニチュアが置いてあった。

 

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さて、石庭のお目目です。
正しくは方丈庭園
幅25m奥行10mの約75坪の庭一面に白砂が敷き詰められ、15個の石を点在させただけのシンプルな枯山水

 

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早朝からこの人出で、人気の具合が垣間見られる。

 

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この方丈庭園の作者と意図は不明で、15個の石は奥の間からしか見えないと言われている。
奥の間には入れなので、手前で庭全体を撮ってみた。

 

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左から定点画像のアップです。
 
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この位置だと、右側の3組の後の小さめ石⑮が見えない
 
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東洋では十五夜(満月)にあたる15という数字を「完全」と表すものとしてとらえる思想がある。
15に一つ足りない14は「不完全さ」を表すとされている。
奥の間に入れる者は、完全な領域に達したものだけが見られる情景
それ以外は未熟でこの庭園の意味が分からないという意味なのだろうか。

 

石庭は石だけじゃなく塀にも秘密がある。
西(奥)に行くほど塀を低く、地は東(手前)に行くほど低く、河を模り水はけもよくしている。
不自然な傾斜と高さの地と塀は、小さい庭園を大きく見せる遠近法によるものなのか?

 

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方丈庭園の右側には、茶室に入る前に手や口を清めるための手水を張っておく蹲踞がある。

 

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この蹲踞には「吾唯足知」(われ、ただ足るを知る)の4字が刻まれている。
この意味合いから石庭の石が一度に14個しか見ることができないことを不満に思わず満足する心を持ちなさいという戒めでもあるとも
水草水景の視点から見ると、絶妙な石の配置とバランスが成されており、見習うところばかり。
現代の我々に何かを訴え掛けられているようで、時空を越えたような時間でした。
みなさんは、この石庭を見てどんなことを感じられるでしょうか?