あまり会うことに重点を置かない玄くんと、少しの時間でも会いたいわたしのスレ違いは埋まらないまま2020年になります
2月、玄くんのお母さんが倒れて救急搬送されたとお昼休みにLINEが…
すぐに連絡を取り合い、落ち着いて
気をつけてね
と伝えて待ちました
脳梗塞で応急処置をして山は越えたけどどんな状態かまだよくわからないとのこと
その夜、通常通り仕事に出ないといけなくて出発する玄くんに一目会いたかったのと、少しでもからだに良いものをと思いお弁当を作って届けました
それから独り暮らしになってしまうお父さんのために玄くんは実家暮らしを始めます
身の回りのことなど一通りできる玄くんは、お父さんの食事から洗濯から片付けまで頑張っていました
頑張っている玄くんに、少しでもわたしだって役に立てることあるんじゃない?と勝手な想像を巡らせてしまい…
夕ごはんの差し入れならと届けても、玄くんはコロナで面会もできないお母さんの状態がわからないため元気がなくわたしには素っ気なく感じてしまっていました
玄くんのキモチに寄り添っているつもりでいましたが、逆に玄くんに押し売りしていたんです
玄くんが実家暮らしをしていることは、妻と別居しているという事実なのでわたしにとっては喜ばしいことでした
お母さんが倒れて1週間後、夕ごはんを作って届けようと買い物に出たわたしは、玄くんから実家から自宅に戻っていると聞き嫉妬してしまい会えないことを詰りました
そして玄くんから…
俺だっていっぱいいっぱいなんだ
これ以上どうしろって言うんだよ
と泣いて怒鳴られました
あの時のわたしは玄くんのキモチが全く自分に向けられてないことの寂しさと不安と、自分が立ち入れない領域にいる玄くんになにもできないジレンマと、妻はいとも簡単に玄くんと会える現実を許せなくおかしくなっていたんだと思います
それからしばらく連絡を断ちます
だいたいいつも20日くらい経ってからわたしから連絡を取るのが常です
玄くんから絶対に下手に連絡をくれるなんてことはありません
少しずついつものふたりに戻っていきます…雪が少しずつ解けるように
心配していたお母さんは4か月弱で無事に退院して、今では家事もゆっくりならできるようになりました
玄くんは時々自宅に帰りますが、まだ実家にいることが多いです
このままずっと実家にいてもらいたいとわたしが言ってるので、玄くんは帰り辛いんだと思います
でもわたしは嫌なんです
それくらいのワガママ言わせてほしい
2020年7月
玄くんは子供の学費のために異動願いを出して休みがなく拘束時間の長い部署で働くことに…
玄くんを取り巻く人たちは経済的に助かり、わたしだけは様々な面でもっともっとガマンをさせられることになっていきます…