神保町に、岩波ホールという場所がある。

厳選された外国映画が、たった一本だけ上映されている映画館だ。


今、ちょうどやっているのは「パリ20区、僕たちのクラス」というフランス映画。


この作品は、二年前のカンヌ映画祭パルムドール受賞作で、ある様々な人種の子供たちが在籍する中学校を舞台としたドキュメントタッチの物語だ。


生徒役の子供たちは全員が演技未経験の素人ということで、セリフの一つ一つにわざとらしさが無く、それが驚くまでのリアリティに繋がっていた。


作品には、彼らが抱える様々な問題が孕んでくる。
言語、移民、成績、人種差別、教師、親、そして将来のこと。


もちろん日本人の僕には理解できない、そして知識の少ない問題もあるのだが、ついつい悩み苦しむ彼らにあの頃の自分を重ねてしまった。

中学生という、一番多感で繊細な時期を描くことで、世界が抱える問題が無意識的に浮き彫りになってくるのが面白かった。


学校は「社会」の縮図である、とはよく言われるけど、彼らのクラスは正に「世界」の縮図のようであった。



今、日本では同じ中学校を舞台とした映画「告白」が大ヒットしている。

あちらはエンターテイメント作品であるし、描くテーマも全く違うだろうから、安易に比べることはできない。

だが、「苛め」も「殺人」も描くことはなくても、子供たちの「今」を映し出すことはできるのだ。
二ヶ月近く書いてなかったが、ある男との電話により刺激を受け、再び取りかかることにした。


その男は言ってた。
「頭にどんだけインプットしてても、それを誰かに伝えなきゃ意味ないもんなぁ。」


何を俺なんか相手にカッコつけてんだ、と思ったが、正にその通り。


頭に残そうと思ってても消えちゃうかもしれんが、ここに書き記しとけば、とりあえずは消えない。



それ考えると、やっぱり文字の力って凄い。
ずっと見たかった、映画「スケアクロウ」をやっと観る。


人を笑わせるより、怒らせてしまう男と
人を怒らせるより、笑わせてしまう男の物語。


でも、男が怒れば怒るほど、そこにはどこか可笑しさがあって、男が笑わせようとした行動が、怒りを買ってしまうことだってある。


正に、彼らは表裏一体なんだ。



それにしても、映画の終盤は切なかったなぁ。

ホントに人って、酷いし弱いし優しいんだなぁ。


「俺を笑ってくれ」ってずっと思ってたはずの男は、最後にこう叫ぶ。
「俺を愛してくれ」と。



自らを「スケアクロウ=案山子」と評した二人。


案山子は、確かに滑稽だ。
だからこそ、案山子は美しいんだ。

完璧じゃなくて、どこか欠陥があるから。




そういえば、この映画みてふと、小学校のとき劇で「オズの魔法使い」の案山子をやったことを思い出した。


その劇のラストで、何か人生の全てを悟っちゃったみたいな良い魔女に、ドロシー、案山子、ブリキ、ライオンが一人一人話しかけられるシーンがあった。

そこで、僕がやった案山子はこんなことを言われてた。
「確かにあなたには脳ミソがありません。でも、その代わりにあなたには美しい心があるはずです。」



確かな記憶じゃないけど笑