アネモネの咲く春に
なんかしばらくブログつける習慣なくなってたけど、これからは思ったことを整理するためのツールとして、また更新していこうかなと思いました。
ブログ読み返すとほとんど恋愛ネタばかりで、恋愛脳の痛い奴みたいなので、久しぶりに真面目なことを書こうかなと。ていうか最近気持ちの吐き溜めとして使っていたのかも(笑)
まあ恋愛脳ではないです(笑)恋愛なんて面倒くさいこと多いし、傷つく事多いし。彼女いなきゃいなきゃで楽しいし。勉強して、学生団体で議論したりボランティアやったり、友達と遊んだり、帰ってきて好きな曲聴いたり、好きな服着たり。それだけで充分です。
でも用件なくてもなんとなく電話して話したり、お互いの時間を大切にして何気なく過ごせるだけで嬉しいなって思える人がいるのは、すごい嬉しい事だと思っています。
なんか書こうと思っていた事と別の事になってしまいそうなのでこの辺で。
本題としてこの前の勉強会でのディスカッションの中で思ったことを書こうと思います。
学校における「良い子」の定義について。
これを1時間半くらい議論したんだけど、とても色んな意見が飛んだ。
単に世間一般における「良い子」ってのは、問題を起こさず勉強に真面目で校則もきっちり守る。こんな感じだと思う。
でもそういう子が全て「良い子」って訳ではないと思うんだよね。
どんなに真面目で頭良くたって人をいじめたりするような子だっている。
果たしてそういう子が本当に「
良い子」なのかな?っていう視点で考えてみた。
どんなに勉強が苦手でも、ちょっと喧嘩っ早くても、人に思いやりが持てたり、人の悪口言わなかったり、いじめたりしない子の方が「良い子」なのかなって思った。
でも人それぞれ、長所を持っている。
だからこそ、教員側が「良い子」っていう基準を設けてはいけないのではないかという結論になった。
個人としては、家庭でも学校でも文句なに一つ言わずにいる子の方がなんとなく良い子とは思えない。
何か嫌なことがあれば真っ直ぐそれを伝えて人とぶつかれば良いと思う。
それで学びを得ることができると思う。けんかできるのなんて子どものうちだしね。
人間として相手の長所を見れる人になりたいな。
もちろんそういう教員にもなりたい。
学校で「問題児」のレッテルを貼れれている子どもだって絶対に長所があると思うし。
そこを見てあげられなかったらそれこそ学校にも居場所がなくなってしまう。
自分の妹と同じようになって欲しくないからこそ、そう思えるのかも。
なんか月2回、こうして教育に関して議論できる場があって本当に勉強にもなるし楽しい。
この春休みは本気で勉強しよう。
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