やっと福寿草が咲きました。


梅も桜も水仙はまだ先です。


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武士道とキリスト教 (新潮新書)/笹森 建美
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武士道とキリスト教、牧師で武道家小野派一刀流宗家

の笹森建美氏の著書です。お父上は笹森順造氏です。


中学校武道必修のなか、日本人の宗教観、生死感を

改めて考えます。


是非一読をお勧めします。

走れなくなってどのくらいになるだろう。


足が不自由だったので、運動会の駆けっこは、遅かった、


中学生に成り剣道を始めたが、走る事は遅かった。


短距離も長距離も、消防士に成ってもあるが、


それでも、走る事は続けた仕事に必要であるから、


そして、走る時間が作れず、しばらく走らない時があった、


そして、走ってないなと思い立ち、走ろうとしたら走れないのだ、


速足程度にしか足が動かない、


腰が痺れるような、刺すような痛みがある、


気づかないうちに、脊柱管狭窄症に成っていた。


小椋 佳 「走らないでください。」

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昨年の今頃入院して、CIDPと診断され、γグロブリンの点滴を受けていました。

体重が急激に落ち、重い物が持ち上がらなくなり、6年が過ぎていました。

腰部脊柱管狭窄症の手術を受けたころから、体重が落ち始め、半年後には重たい物、10kg位の物がやっと持ち上げられるくらいに成り、神経内科を受診、

小児麻痺後遺症(PPS)となり、治療を受けましたが、指先の痺れ、さらに体重の低下、つまづき易くなったりと、担当医師が、ほかの病気を疑って検査しましょうと言ってくださり、結果CIDPとなった訳です。その後5月、7月にγグロブリンを、結果は主治医は数値的には善くなっています、との事です。自分では、

痺れはすっきりと成らないものか、背中のピリピリした痛みは取れないか、と言う事以外には、脊柱管狭窄の時の右足の痺れが、又、出始めた事です。


剣道もしていますが、足がしびれてくるので、その度にしゃがんでは痺れを取りながらやってます。


ドクターは、PPSも有るから、CIDPだけでは説明しにくいところも有りますと、

私の将来は、


まっいいか、剣道出来るし、走れなくても走る事も無いし。と思っています。

いろいろな病気の人がいますが、他と比べてもどうにもならん、同じ病気の人と比べても、皆同じように進むものではないようだし、出来る事を続けられるようにと、


ブログで色々な人の状況を拝見していると、同じ人はいない、皆さん現在の状況を受け入れ、生活され、治療を続けられている。


若い方は、ご両親に心配かけまいと思いながらも親御さんに支えられていると言われる。


お子さんのある方は、子育てをしながら、配偶者の方の支えがあると言われている。


決して病気になった事は悲しいだろう、辛いだろうがその事で周囲が不幸だとは思われてはいないようだ。


CIDPと言う病気があると知った時、なんだか不安になり、一人でいると涙が出たが、年を取れば、誰でも筋力は落ちる、手も痺れるだろう、少し早く来ただけだと思うといくらか気持ちも楽になった。見た目は誠に健康体であるので、自称メタボの方は、すっきりしていて良いねと羨んでくれるが、ダイエットの仕方は教えられない。


希少難病と言うと、なんだろうと思われ、病名を言うとなにそれ、あまり聞かない病名であるら、大変だねと言う事に成るが、この先自分がどうなるかは誰にも解らない、5年度動けなくなっているか、元気に暮らしているかは解らないのだから、解からない事に不安になっても仕方がないと思う、ただ、自分と深くかかわる人たちには、状況だけは伝え動けなくなった時の事は頼んである。


57歳であるけれど、剣道の仲間は同年代の人が多いし、元気ならばバリバリと活躍する年齢である。チョット残念だけれど自分のペースで稽古を続けるしかない。工夫すれば続けられると考えている。

家族は父親と2人暮らし、母親は施設に入所、4年前に嫁は子供を連れ実家に戻ってしまった。

これらは自分の病気とは関係ない事と言うか、病気以前に自分の不甲斐なさが原因である。


もしもの事だけれど、もっと若いときにこの病気に成っていたらと、考えるとぞっとする事も有るが、今とは違う生き方をしていたろとも思う。


それが学生時代なら、結婚時期ならと思うが空想し手も仕方がない、それよりも、救命士の勉強が病気を早く理解でき、病気を受け入る事が出来たと思っている。


病気だと将来は不安になるが、若ければ目標を持って生きて行くだろうし、理解してくれる恋人や、伴侶を得る事を考えるだろう。


私はと言えば、剣道を続け、地域に貢献して行くことを考えている。続けられる日まで。


病気になった人の話を聞く機会が多いので、多くの方は病気は治っても、病気になった事実は永遠に残るのだから、どんな生き方が良いかなどと言う結論は出ないと言う。一病息災で生きて行きたいものです。


中島みゆき「時代」


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