これから記すコトは
「わたしのわたしに対する気持ち」であり、
第三者に対する批判や偏見を意味するものではありません。




あくまでも、わたくし個人の問題です。












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できちゃった婚。

周りにたぁーっくさんいます。


できちゃったけれど、産むコトを選択しなかった人もいます。
いわゆる望まない妊娠だったのでしょう。





わたしが「妊娠」をする時は

望まないのであれば、正しい避妊をするコト。
望んでいるならば、順序(結婚)を踏まえてからの妊娠。


というものでした。







……が、
その反面、日本ではあまりない傾向ですが
アメリカではしばし見られる傾向
結婚はしないけれど、彼氏彼女というカップルの関係のまま「出産」に踏み切るパターンも『あり』かな
と思います。






思いますが、自分自身では到底
計り知れない困難のもとそんな勇気あるコトはできません。





ただ、わたしが『妊娠』に対して変わらぬ思いがただ1つありました。


あくまでも自分自身のコトで第三者に向けてのものではありません。
わたしの思いです。

犯罪に巻き込まれた妊娠や母体の基礎疾患による産めない状況下、またやむを得ない事情により
出産が困難な場合(←わたしの言うこれが意味するところは¨母体保護法¨に基づくものではありません。なぜならば、経済的事情という名のもとで安易な堕胎が行われている現状があるからです)
を除き、妊娠をしたら産むのが当たり前だという思いがありました。





この思いを第三者に押し付ける気も今まで第三者を否定したコトもありません。



しつこいですが
あくまでも、わたし自身が『妊娠』した場合の思いです。





また妊娠というのは
国や地域、宗教や習慣それぞれにより定義が違いますが
(例えば、精子と卵子が受精し受精卵ができた時点で妊娠とみなすところもあれば
受精卵が着床してから妊娠とみなすところもありますし
同じように『胎児』として、みなす範囲は広いです)。
わたしはこの部分に関して、誰かと議論するつもりも誰かを否定するつもりも自分を肯定するつもりもありません。





少し話しがそれましたが、『胎児』もしくは『命』とみなされる範囲は本当に幅広く
一例をここに残してから、本題に入りたいと思います。