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▼自己紹介
2020年の七夕は
自分の好きな人達の笑顔を祈り、平和に過ごすハズでした。
だけど…実際のところは
ロマンチックな気分に浸れることは微塵もなく
“ わたし ” という人間の中の
狂気と絶望感に苛まれ
自分でも驚く程に、ずっと泣いていた一日でした。
何が原因だったのか?というと
幾つか思い浮かぶものはあるんです。
一つ目は特定の誰か…
若しくは、大勢の人達の中に少なからずある
『 生きることへの絶望感 』
みたいな感情をうっかり拾いあげてしまったこと。
ココ最近のパターンからすると
私の大切な人達が
そういった感情を強く心に抱いている場合
私の中にも同じ様に、その感情が浮かびあがり
まるで自分の中に沸き起こったかの如く
“ソレ”を追体験してしまう事があるんです。
この時って
自分の心と身体は元気な時が多いから
「あ、これ私のやつじゃないな…」
と、すぐに気がついて離れる事が出来るのだけれど
でも今回は
自分の心と身体も一緒に持っていかれた。
だから、“ソレ”が自分の感情なのか?
誰かの強い想いなのか?
の判断も、区別もつかないまま
気がついたらそのまま
感情も思考も肉体も
全部一緒くたに飲み込まれていました。
海面で波に足を取られ
そのままもがいていたら
アッという間に、深海という漆黒の闇の中に
ズルズルと引きずり込まれてしまった様な…そんな感覚でした。
何に対してそんなに悲しいのか?
それとも
生きることに対しての絶望感なのか?
自分を分かってもらえない悔しさなのか?
この世の無常に対する愁いなのか?
エグイまでに強烈なその想念は
私という人間を
いとも簡単に 『 死 』 という扉に向かわせ
悪魔の囁きを繰り返していました。
自殺願望はありません。
去年、人生のどん底に居た時でさえ
『 死にそう 』 とは思いましたが
『 死にたい 』 とは全く思わなかった。
そんな私が
もういいかな…という想いに憑りつかれグッタリしてしまった。
もうビックリしたんです。
いやいや…全然死にたくなんか無いし
寧ろ、まだまだやりたいことだらけだし
何だこの感情
気持ち悪!って、嫌悪感すら抱きました。
でも、本当に「疲れたな。もういいか。」と
まるで自分自身がそう思っていたかの様に
私にピッタリと纏わりついたそれは離れる事がなかった。
あ…、コレ
本気で抜けないとヤバイやつ
かろうじて動く思考の中で
どうやってココから抜け出そうか?を考えあぐねていた時
タイミングよく携帯が鳴ったんです。
母親からでした。
『あなた忙しいんでしょう?
あなたに渡したいものがあるから、持ってくわね。』
笑ってしまう程にカラット明るい電話口の声は
私のこの状況を知ってか知らずか?
まるで全て、事の流れを見計らっていたかの様に
寸分の狂いも無く
パズルのピースがぴったりハマった感じで
私を軽やかに引き上げてくれたんです。
ホッとして、心を撫でおろしました。
あ~これで抜け出せる
今回のなんだか凄かったなぁ…
なんて、今の状況を振り返り
ちょっと気も緩んで、安堵さえした。
その後、両親が車でやって来たので
荷物を受け取り、少し会話をして
私は自分の部屋に戻りました。
・
・
・
そしたらね、
次の瞬間、自分でもビックリする事が起こった。
これが二つ目の原因。
霊感はありません。
前世も見えないし、第六・七感は未だ半ボケ開花中。
それが、自分の
妄想なのか?想像なのか?
はたまた
いつも通りの自分との会話の中で、
たまたま浮かびあがった映像なのか?
シナリオなのか?
それすらも定かでは無いのですが…
さっき笑顔で会話をしていた両親が亡くなり
涙に明け暮れている自分の姿が
鮮明に視えた。
え?
だって、さっき会ったばかりだし。
年老いているとはいえ
2人とも大きな病気もせず、元気だし。
私は、まだまだ一緒に過ごしていたいし。
そもそも2人の事が大好きだし。
見てはイケないものを
うっかり見てしまった気がして
私は今起きた事を全力で否定しました。
咄嗟にこの出来事を無いものにしようと必死になっていた。
同時に、自分の両親が死ぬなんて事を
うっかり視てしまった自分自身が赦せなくもなった。
少し冷静になれば分かってるんです。
『 死 』 は怖いものではないと言うことも。
今世の肉体から離れるだけであって
魂はまた、別のテーマを決めて転生する。
ただの “ 概念 ”
でも、私はその感情にまみれて
そこからずっと、涙が止まらなくなってしまった。
エゴを観察して感情を手離し、
ここに来た意味をちゃんと理解する。
ソレはすでに出来ていると思っていたけれど
実際、少しばかり大きな課題に直面した時
いとも簡単に感情に飲まれて太刀打ちできない自分がいた。
そして私は意地をはって
一人で何でも出来ると驕っていた事にも気がついたんです。
誰にも頼らず
仲間さえ必要とせず
自分一人で
自分の道を歩んでいける。
去年、わたしという人間を全否定された傷を
自分一人で生きていける…という
虚勢をはって強がる事で保とうとしていたのかもしれない。
そして気がつかされたんです。
私は一人ではなかったという現実に。
ボロボロに落ち込んでも
心を閉ざしても
温かく見守ってくれる人達が
自分の周りには沢山いた。
それだけで幸せだなと思えました。
そして、沢山のありがとうを
私を支えてくれる人達に感謝
皆さんの心が本日も
穏やかな一日となります様に
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