一仕事を終え、もうすっかり暗い空を見上げた。

 

タクシーを呼び、キャリーバックと共に乗り込んだ。

 

向かった先はフェリー乗り場。

 

 

 

流れゆく景色を眺めながら、彼女は胸を躍らせていた。

 

 

その理由は何だったのか。

 

 

行ったことのない土地に行けるから?

 

 

 

――――それとも...。

 

 

 

 

「お客さん?着きましたよ。」

 

と、低い声でタクシー運転手は言う。

 

 

気が付けばフェリー乗り場の前だった。

 

かなりボーっとしていたようで、運転手のおじさんは首を傾げていた。

 

 

『あ、すいません。ありがとうございます。』

 

そう言ってメーターの金額を確認した。

 

 

『領収書をお願いします。』

 

と言って茶封筒からお金を取り出し、支払いを済ませた。

 

 

 

キャリーバックを手にタクシーを降り、フェリー乗り場の入り口に立った。

 

自動ドアをくぐり、辺りを見渡しながらチケット売り場に向かった。

 

 

 

 

最短時間で購入したチケットを手に。

 

 

ドキドキと胸が躍りながらも、表情には出さず。

 

 

先程目にした建物の案内掲示板に向かった。

 

 

 

 

そして、ガラガラとキャリーバックを引き釣りながらエスカレーターに乗った。

 

 

 

チケット売り場の一つ上の階にカフェがある事を先程の掲示板で知った彼女は、

 

その場所に向かったのだった。

 

 

 

 

 
 
楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。
 
 
彼女は、昨日彼と来た島に再び足を踏み下ろしていた。
 
 
『キミと見た景色、キミがいない景色....』
 
 
彼女はポツリとそう呟きながら、彼と眺めた景色を灯台から見下ろしていた。
 
 
昨日とはすっかり違い、現地の人や観光客は、更に増えていた。
 
 
賑わう人々と、昨夜とは違う、けれど同じ景色を眺めながら想いを巡らし、
 
 
嬉しくも、悲しくもある、
 
幸せな時間を思い出していた。
 
 
 
 
彼女は言う。
 
 
 
『ダメならダメと言って下さい。』と。
 
 
 
彼は言う。
 
 
 
『ダメ、なんか....じゃないっ』と。
 
 
 
 
 
一体、そもそも、
 
何故、どうして、
 
 
 
2人一緒のベッドで眠ることになったのか。
 
 
 
 
彼女は思い返すように、頭の中で時間を数日、
巻き戻していた。
 
 
 
 
ーーーーーーそう。
 
 
 
彼女は。
 
 
勇気を振り絞って、必死に追いかけて、手を伸ばし、しがみつこうとしていた。
 
ただただ、振り向いてほしいと。
 
自分だけを、見てほしいと。
 
 
ーーーーーーそれだけを考えて....。
 
 
 
 
 
 
 
彼女は。
 
 
その時の選択を、この先の未来で後悔するかもしれない。
 
 
なんて、そんな事は全く考えていなかった。
 
 
そんな事を考え、怯えていたのではない。
 
 
 
―――――何もしない。
 
 
 
という選択肢を取って、
後悔することを、心の底から恐れていたのだった。
 
 
 
 


『綺麗だね。』

と、彼女が言うと、

『....うん。』

と、頷きながら彼は静かに答えた。




眺める先は同じ。



さっきまでの愉快さは何処へ行ってしまったのか?
というくらい、2人は静かだった。

けれど、悪い意味での静けさではない。




寒さも忘れ、
彼女はしばらくの間、一点を眺め続けていた。


そうすると、『おいで。』と優しい声がした。



先程まで隣にいた彼は、少し離れた所にいた。

いつのに移動したのだろう?と思いながら小首を傾げ、彼女は彼の元へと足を運ぶ。




再び彼の隣に立つ彼女。

彼が眺める先を彼女は目で追って、

思わず声が零れ落ちたのだった。



『.......わぁ。』



2人の前にあるのは、鏡のように、景色を映し出す水面があった。



そこは、水面が映し出す景色が良く見える場所だった。



映っていたのは。

綺麗な満月と、紅い鳥居だった。



子供の様にはしゃぎ、写真を撮り、膝を抱える様にしゃがみ込んだ彼女。



彼は微笑み、ポンポンと優しく彼女の頭を撫でた。




『ほら、おいで。少し周りを散歩してみよ。』



そう言って歩き出した彼を追いかけ、
彼と彼女の2人は、その場をあとにした。




暖かみを感じるなか、気づけば目的地に辿り着いていた。

真冬の離小島。

船を降りる人も、島を離れようと折り返しの船を待つ人も大勢いた。

もうすっかり夜だというのに。


さすが、観光地と言われる場所だなぁ、と彼女は心の中で呟いた。

初めて降り立つその土地に、彼女はドキドキしていた。


ほんの数時間前までは、そこへ行くのは自分だけが初めてだと思っていた彼女。

しかし、そうではなかったようだ。


彼にとっては、何度も来た事のある見知った土地だと言うのに、この島に来たのは初めてのことだと言う。



2人ともが初めての場所。

彼女は、それがとても嬉しかった。


船を降りて2人は寒さの中、歳を考える事もなく忘れ、笑って、はしゃいだ。


観光スポットに辿り着くまで、楽しくて、おもしろくて、とにかく、笑顔が止まらなかった。










『あれじゃね?』


そして先に見つけてしまった彼はそう言って指を指した。


『感動が薄れるから見ちゃダメじゃん!!』
と彼女はケラケラと笑い、彼も笑っていた。



少し先に見えたのは、想像を超えた景色だった。


もっと間近で見ようと、2人はその場所へ向かったのだった。




そしてーーーーーー、


ハッとした。



自然と2人は顔を合わせ、



微笑み、




その景色に釘付けになった。



彼女は、


彼と眺めるその景色を、目に焼き付けた。



二度とこの場所に来れないかもしれないから。

2人でこの景色を眺めるのは、最初で最後かもしれないから.....。





そして、


2人を纏う空気は変わる。




ほんの数分前までは笑いあっていたが、



今は、景色に溶け込むように静まり返っていた。






この時。



いったい2人は、何を考え、
何を想っていたのだろうか....。





島へと渡る船の甲板で、揺れる波を見ながら、
その音を耳にしていた。

真冬の寒さに震えながらも、耐えつつ、
思い返していた。

人生の転機。
とまでは言わないが、彼女にとってはそのくらい、
大きな大きな、一大事であり、転機だった。


心臓は波打ち、緊張で若干、手汗をかいていた。


気がつけば順番が回ってきた、その時!

彼女は大きな声で、自己紹介をした。


そう、彼女にとっての転機。


それは、ーーーーー

就職活動からの、入社だ。



この日は彼女の初出勤日だった。
そして、自分が働くオフィスで、自己紹介をすることになっていたのだ。



そこからの1日は長かった。

覚える事も多く、人との付き合いも上手くやらねばと思いながらも、自分から話しかける事が出来ずにいた。

ただ黙々と、頭に内容が入っているかも分からない
会社のパンフレットに目を通したり、指導担当の話をメモにとったり。


気づけば退社時刻になっていた。


心の中で、

やっと終わった!

と、思った。


一応、オフィス内の各部署のTOPに挨拶をしなければと考えたら彼女。


先ずは自分の部署からと、その人の元に向かった。




そこが、彼女にとっての、始まりの場所だった。

一眼見て、何か、心を奪われた。
一目惚れというやつではない。

ただ、

心を奪われたのだった。

説明がつかないような、何かにーーー。




ーーーほら。

と言う声に、ふと、現実に戻った。
手渡されたのは暖かい飲み物。


心が暖まった。

何故だろう。
たったそれだけの事。

けれど、彼のその行為や声、全てが、彼女の心を暖めたのだった。

船の甲板で揺られ、体に纏わり付く、突き刺すような冷たい風。
そんなものさえ吹き飛ばすくらいに。



ほんの数センチの距離を保ちつつ、温かいドリンクを手に握る2人は、目的の場所を眺めていたのだった。




あなたは、こんな話を聞いた事があるだろうか。

それとも、経験した事があるだろうか。



これは、小説と、ある人物から聞いた話。

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それは、

運命か、悲劇か、喜劇か。

それとも、

依存か、愛か。


否。

信実は、きっと、誰にも分からない。



でも、これを読む人達は、

それを自分に当てはめてみてほしい。


誰でもいい。

リアルの恋人でも二次元でも。

あらゆる間違った恋関係の相手でもよい。


そして、どの、誰の、何の立場に、自分や周りの当事者を当てはめてもいい。


全ては自由。 


きっと誰も知らない。

けれど、

誰もが知る。




当事者達しか知らない、知る事ができないお話。



それは、ーーーーそう。


例えば、

物語に出てくる人々や、これを読む、あなた達しか知らない。

信実の物語なのだから。