人見知り娘のサッカー奮闘記 -13ページ目

人見知り娘のサッカー奮闘記

2013年生まれの人見知りの娘がサッカーを通してどう成長していくかを記録していきます。
娘が大きくなってもサッカーをしてくれていたら、記憶に残っていないであろう頃の自分を振り返ってもらえたらと思います。

2週間前のスクールでサッカーが難しいから嫌と言っていた娘。

難しいのであればできるように練習すればいいということで、できる範囲で一緒に練習をしました。

今日までの歩みをざっくりと書きます。

9/17

9/18
前日と同じメニューを7本。


9/19

姪っ子と一緒に前日までと同じメニューをやろうとすると機嫌が悪くなり、

サッカーを辞めると言いだす。


9/20〜9/22

そっとしておく。

こちらが何も言っていないのに、水泳もバレエもピアノも習わないと言いだす。習えとも言ったことないのに。理由は難しいからとのこと。


9/23

僕のサッカーに連れて行く。

マイボールを持っていき年上のお姉ちゃんと遊んでもらい、久々のドリブルも披露。


9/25

仕事終わりに嫁も入れた3人で近所のグランドへ。

ボールの取り合いをして終始ボールをキープしてご満悦。15分ぐらいの間でしたがほとんどドリブルしっぱなし。

娘からまたやりたいと発言。両親に向かって今度は勝たしてあげると王者のような上から目線。


9/27

姪っ子と近所のグランドへ。

ドリブル開始直後にこけて号泣。終了。


9/28

近所の公園で2人で練習。

通りすがりの老夫婦に上手だと褒められる。照れてドリブルしなくなるものの相当嬉しかった模様。


練習の結果、年少の女の子にしては上手にドリブルできるようになったので、今日の練習は大丈夫だろうと思いスクールに行きました。


結果は、コートに入ることができず、何もすることなく終わりました。


これにはこちらも困り果て、娘とよーく話しました。


そして、スクールを辞めることに決めました。


娘の気持ちを正確に確認するのに時間はかかりましたが、話をまとめると次のような内容でした。


・サッカーは好きだし楽しい

・スクールではサッカーをしたくない

・通い慣れた英語以外の習い事はこれからもしたくない


超人見知りの娘にとってはサッカースクールに限らず、知らない子がたくさんいる習い事はハードルが高いようでした。


これについては、以前から嫁とも話していて、通い慣れるまで続けさせる経験をさせることで、人見知りを少しでも克服させたいと考えていました。

だからサッカースクールを辞めさせることは考えていませんでした。


しかし、今日の練習に向けて日々サッカーをする中で、娘はサッカーが好きになり、僕との練習はこれからも続けたいと言ってきました。この言葉はとても嬉しかったし、スクールを通わせることでサッカーを好きになってほしいという目的が達成できました。

娘の人見知りを克服するためにはスクールを続けさせるのが良いと考えていましたが、それよりも無理矢理スクールに通わせてサッカーが嫌いになる方が親としては辛いことだと思い、スクールは辞めさることにしました。


これからは僕や仲のいい友達とサッカーを楽しむことを続けていき、年長や小学生になったときに本人からまたサッカーを習いたいと言ってもらえるように、習い事ではなく、遊びとしてのサッカーを極めていこうと思います。


久保建英くんのお父さんが書いた本で読みましたが、イタリアには、ボールの蹴り方はおじいちゃんに習えという言葉があるそうです。

幼少期は身近な人とサッカーを楽しむことでサッカーの魅力を感じていくパターンも多いんだなと思い、これからはサッカー好きの僕がサッカーの楽しさを共有していこうと思いました。


娘はスクールにうまく馴染めませんでしたが、スクールに適応するためにサッカーの練習をするようになったので、スクールに通ったことは無駄ではなかったと思いますし、娘に優しく接してくれたコーチには感謝の気持ちでいっぱいです。


今回は娘自身が自分の気持ちをしっかり整理できていたと思うし、今日のスクールまでの間の自主練も頑張ったので、スクールを辞めるのは残念ですが、ポジティブな面もあったので、そちらに目を向けてあげたいなと思います。


これからは自分がコーチ代わりとなりますが、楽しく練習をして、先日老夫婦に褒めてもらったような経験をたくさんさせてあげて、人見知りも克服できるようにしてあげたいなと思います!


スクールを辞める決断をした日にはなりましたが。娘がサッカーが好きと初めて自ら言ってきてくれたので、とても嬉しい一日となりました(^^)