ルールに縛られない | 人見知り娘のサッカー奮闘記

人見知り娘のサッカー奮闘記

2013年生まれの人見知りの娘がサッカーを通してどう成長していくかを記録していきます。
娘が大きくなってもサッカーをしてくれていたら、記憶に残っていないであろう頃の自分を振り返ってもらえたらと思います。

タイに旅行中です。

娘がサッカースクールに慣れてきたので、今休むのは避けたかったのですが、嫁のお父さん念願の家族旅行ということでスクールをお休みして旅行を満喫しています。

旅行してて、タイだからかどうかわかりませんが、個人的には日本以上に自分たちで考えて譲り合いをしているなと感じました。

それはどういうことかというと、実際のところはどうか知らないけど、無法地帯のような感じなのに問題なくみんなが生活しているということです。

例えば、道路。

交差点で右折したいが、対向車線に直進車もいるし、左折車もいるし、よくわからない横切り方をするバイクも歩行者もいる。
でも普通に右折する。笑
そんなシーンが山ほどあります。

なぜ全くぶつからない!?笑

見ている限り、日本のような直進車や左折車が優先といったルールがないか、あっても機能していないような感じでした。

ルールがないのに事故らないってすごいなと思っていましたが、しばらく考えていると、はっと気がつきました。

そんなつもりはなかったけど、自分はルールに縛られていて、ルールがないと不安で仕方ない人間になっているなと。

実際、街を歩いていて道路を横断するとき、信号がないところではいつ渡っていいかタイミングが難しかったのですが、渡ろうとしている横で現地の人は何人も渡っていっていました。

なぜこんなことができるのだろうと考えたときに譲り合いの精神だなと思いました。

車がぶつかりそうになっても、運転手さんはぶつかりそうなギリギリのところで、譲ってもらったり、譲ったりを繰り返していました。

僕ならイラッとしてしまいそうな場面でも、余裕の表情で道を譲ったりもしていました。

日本人は他の国よりも規律に従い、ルールを守るということができると思います。
だからこそ、決まった通りにしない人に対しては厳しいなと思いますし、ルールがないところでは、消極的になりやすいなと思います。

ルールを守ることは大切ですが、ルールがあるからこうするとかではなく、どうすれば上手くいくだろうということをもっと当たり前のように考えていった方がいいなと思いました。日常生活の中で、自分で答えを出す思考プロセスが必要な場面は日本では、特に子供には、少ないと思うので、意識的に実践していき、子供に対しては意図的に自分で考える環境を作ってあげようと思いました。

あまりこんなことも言いたくないですが、最近会社に入ってくる後輩たちの考える力の弱さを感じていたところだったので、タイの街並みはとても印象的なものでした。規則は守るし、遅刻もしないし、素直だし、言ったことは一生懸命やろうとする。でも、指示がないと何もできない。本人たちは、言われたことを一生懸命こなして、勉強もたくさんしてきて、ここまで来たと思うので、何も悪くないと思いますが、こんなにも真面目で一生懸命な子たちが、自分でやるべきことをしっかりと考えることができたら無敵なのに少しもったいないなと思います。

話があちこちに飛んでいますが、自分で考えるということは、どんな分野にも大切だと思います。

サッカーでも、親やコーチに言われたことや、みんなと同じ練習だけをする子よりも、自分はこんなプレーをしたいや、こんな課題があると考えて、それに合った練習をする子の方が確実にいい選手になると思います。
間違った努力をすることもあるかもしれませんが、自分で考えれる子は、そんなときでも軌道修正ができると思いますし、周りが力づくで軌道修正してはいけないと思います。本人から相談があれば話し合う程度がいいのだと思います。一見、遠回りのようですが、そういった接し方が考える力を養うと思いますし、結局は最短で成長する方法なんだと思います。

タイの街から、全然違う話になってしまいましたが、娘には、みんながやってるから、ルールがあるからこうしないといけないではなく、自分で考えて行動できる人に育ってほしいなと思うので、タイで感じたことを子育てに活かしていきたいなと思います。