PTSD(心的外傷後ストレス症候群) | ☆creaの目指せイケメンモデル☆

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僕のPTSDは沢山あるらしい。10年以上も昔のことを思い出しては苦しんでいる。
高校生の頃ある男性と知りあった。アドレスがkyoko...なんとかみたいな。女性の名前が入っていたから、彼女がいる人だってすぐにわかった。けど、僕にとってはそんなこと関係なかった。好きになったんだから、相手は僕を遊びだとしか思ってなかったこともちゃんとわかってた。友達に京子なんて名前の友達も居ないし知らない人だと思っていたし、正直何も考えてなかった。何も考えてなかった自分が悪いこともちゃんとわかっていた。けど、ある時非通知で電話がかかってきた。同じバスケ部の「京子先輩」うわって正直思った「クレア、あんた何したかわかっとるん?」第一声がそれだった。それで全てが理解できた。たった一度、たった一度だけそういう関係を持った男性の彼女が同じ学校のしかも同じ部活の先輩の彼氏だった。先輩は僕が苦しまないように、他の先輩達にはそれについて話さなかったそうだ。だから他の先輩達にシカトとかされることもなかった。けど、先輩は学校の先生にはそれを相談していたし、僕は先生に責められた。更に先輩が学校を卒業し、学校が付属だった病院に就職したらしい。そう、そこの病院には僕のお母さんの二番目の妹である僕のおばちゃんが外科で婦長をしていた。先輩はそこに運悪く配属されたらしい。そこで先輩はヒステリックに婦長である僕のおばちゃんに「クレアに男を寝取られた」と言っていたらしい。僕は寝取った覚えはない。そう、その彼氏は僕じゃなくて先輩の元へ戻ったのだから。正直、先輩も傷ついただろうけど、彼を好きだった僕も少なからず傷ついている。それ以上僕を責めてどうする?と思っていた。その内容は婦長のおばちゃんから僕のお母さんにまで話は伝わった。僕は色んな人をそのことで傷つけた。先輩を一番傷つけただろうし、おばちゃんも情けない思い、恥ずかしい思いをしただろう、お母さんも情けない、恥ずかしい、そう思っただろう。お母さんは僕を凄く叱った。そういうことを簡単にするな!と。僕は遊ばれて終わったんだよ?先輩の彼氏だなんて知らなかった、傷ついているのは本当は僕だよ?そう言いたいのを我慢して今10年以上たった。
僕は、今年の4月にお腹が凄く痛くなり、産婦人科に行くと赤ちゃんの頭大の卵巣嚢腫が見つかり緊急入院し、緊急手術した。入院している間、ずっとその京子先輩のことを考えていた。きっとあの時京子先輩を傷つけた罰が今こういう病気という形で罰があたったんだと。僕はだから左側の卵巣が無い。高校のその事を今でも鮮明に覚えている。要はそれが僕のPTSDらしい。その手術をした後らへんから僕の精神がブレ始めた。FTXも落ち着いていたのに、頭の中を男が大半を占めるようになったし、不感症にもなっている。全てがそね罰があたったんだと思っている。僕が一つ望んでいたこと。僕がこの罰を受けて、どうか京子先輩があんな浮気野郎なんかよりイイ人を見つけて幸せになれることを。
先日母親から、ある情報が流れてきた。「あの時のなんとか先輩覚えてる?結婚して赤ちゃん産んだって」と。僕は、罰を受けたんだ、どうか許して欲しいって事と、京子先輩が幸せになることを願っていたから、安心した。けど僕のPTSDは治らない。不公平だなと正直な話そう思う。卵巣も片方無くした。でも、一番傷ついているハズの僕だけがこうやって苦しんだままだ。そう、僕は部活の同学年の子達にはシカトを受けていた、それをかばっていてくれて、優しくしてくれていた京子先輩を傷つけたのだから当たり前か。これからも僕はそのPTSDという苦しみの罰を受け続けます。