そう、僕は専攻科にあがり、自分がオカシイ事に気付き自ら精神科を受診した。診断名は重度のうつ病、PTSD、過呼吸、パニック障害。僕が受診した日は忘れもしない19才になったばかりの7月10日丁度10年前。夏休みの間にきっと治ると信じて自宅療養した。けど実際はあまりにも症状が酷すぎて夏休みを終わっても学校へ行ける状態じゃなかった。僕は留年を決意し、休学した。次の年に一個年下の後輩達とまた一年生から始めた。それも行けなくなってしまった。非嘔吐過食症で醜く太ってしまった僕に母は新しく制服まで新調してくれたのに、行けなくなってしまった。何十万という金まで出してもらってアパートまで借りたのに、行けなくなってしまった。結局僕はこうやって病気になったのは何かの罰だと思った。思い当たる節が色々ある。学校の先生は、僕が高校生時代模範生だったこともあって、あきらめないで、もう一年留年しないかと申し出てくれた。僕はもう看護師になることを諦めていたから、もう、いいです。と答えたが、母親が一応もう一度休学という形にしていてくれたらしい。僕は休学している間、動けるくらい病気は軽快していたのだと思う。何度となく家出した。本気で死ぬ為に福井県にある東尋坊という自殺の名所まで知り合いに連れて行ってもらった。歓迎東尋坊という帯旗が張ってある下を車でくぐろうとした瞬間、今まで星空だったのに急に槍の様な雨が降ってきた。まるでこれ以上入ってくるな!と言わんばかりに。知り合いは怖くなったのか引き返した。僕はそこまで来て死ねなかった。神様はきっと僕に今は死ぬ時じゃない、辛くても生きなさいと言いたかったんだと自然とそう思った。僕は家出から家に帰った。遺書まで書いて出てきたのに。そこまで位しか酷かった時の事は覚えてない。僕はまた二個年下の子達とまた学生生活を始めることを決意した。