2年前の3月11日午後、私はビルの27階で講義を受けていた。突然の揺れ、少しずつ大きくなって、立ってはいられず机の下へ入った。

私以外は全て女性、窓に面した部屋だから、思わず「窓に寄るな!!」と怒鳴ってしまった。ある女性は怖さで泣いてしまっていた。

昨日でまる2年が経過しました。改めまして「東日本大震災」でお亡くなりになりました方々のご冥福をお祈り申し上げます。

心療カウンセラーの健です。

あの時、窓から東京タワー方面で煙が見えた、すぐに気づかなかったけど東京タワーのアンテナが曲がっていた。

当時、サラリーマンであった私は揺れが収まってから社内災害対策本部の手伝いをしていた。 

TVからの情報が全てであり放送を見て愕然としてしまいました。

ビルのエレベーターは止まり、外に出るのは危険との判断からビル内に待機。

金曜日の午後、早期帰宅の許可が出たが、私は即決で会社への泊まり込みを選択してました。

二か月前に自宅から会社まで8時間かけて歩いていたから。  

道路事情もわかっていましたので、帰宅したのは翌日の夕方でした。

後でわかったが、帰宅難民となる怖さである。計画停電で帰宅途中に地元は停電、真っ暗闇の中を徒歩での帰宅を経験した。

これが闇・・・。本当に真っ暗、信号機も消えてる。時間にして2時間位、小さなライトひとつで自宅まで歩きました。

東京でこれだけの怖さを感じるのだから、被災地では余震の恐怖、ライフラインの確保、家族の安否確認等で、被災された方々の精神状態は想像すらできませんでした。

心と生活の支えであった、家、職場、家族、友人、ペット、etc 全てが予告なく一瞬でなくなってしまった、普通ではいられないと思いました。

2年経過してもなかなか進まない復興、もっと進まないのは「被災した方々の心の癒し」ではなかろうかと思っております。

たとえ、新しい家が出来ても、失ってしまった 家族、友人、物、時間、その他計り知れない 全て取り戻せない。

だから、沢山のカウンセラーの方々の力がこれからもっと必要になってくる時が来るのだろうと思います。

カウンセラーだけでなく、新しい話し相手が必要なのだと思います。 

人は話すことが重要なのだと思います。年齢、性別など関係ないのです。

私はお互いに話を聴いてあげる事が「心の癒し」への復興に繋がると信じてます。

改めて「心の癒し」のお手伝いに努めてまいります。

この東京のコンクリートジャングルにも癒しは必要ですよね。子育てに疲れ果ててしまう前、仕事に疲れ果ててしまう前、人間関係に疲れ果ててしまう前
、何かに疲れ果ててしまう前に、今の辛い事を話してしまったら気持ちが楽になると思います。

今日も最後までありがとうございました。