2019.9.4 深夜
割りと冷静に受け入れることができた母の癌報告
他の細胞への転移状況は不明だが、肺の状態からして恐らく1年はもたない、ステージ3。
普通の人はもっと取り乱すのだろうか。。。
おばあちゃんが死んだ時や、友人のいづみちゃんが36歳の若さで突然死した時...
なんとも言えない打ちひしがれた様な絶望感...
言葉にならないあの時の様な気持ちは不思議と起こらなかった。
ただ淡々と…あーとうとう来たか。やっと、なのか…
『幸子さん。。。良かったね。』
と呼びかけるような気持ちで不思議とほっとした。安堵した。
母が長年苦しめられていた時間やお金、地位や名誉といった世界からの解放。
私は本当に心から『良かったね。お迎えが来たね。』と思ったのだ。
これが昨夜 姉からの電話で、実の母の末期癌の報告を受けた時の その瞬間の、包み隠さない正直な私の気持ちでした。
と、同時に私は冷たいのか…冷めてるのか…親のガン宣告を受け、この淡々とした感情は何なのか...
私はとても戸惑いました。
電話での2時間4分の間、姉と会話をしながらずっと『良かったね。』と『冷たいのか...。』この感情がせめぎあい離れなかった。
世間様はきっとそんな私を冷たい。冷酷。と言うのだろう。
と冷静に思い判断した。
泣き崩れ感情をあらわにした人間の方が人間味があって情にあついと世間はいう。
特に女性は感情を表に表現する生き物であり、それが集団生活の中心の話題となり
私はいつもそこに違和感を感じていた。
悲しみや怒り、苦しみや葛藤を公に吐露し、周りからの同情を得て 感情を共有し、涙を流した方が社会と上手くやっていけることはずいぶん昔から感じていた。
私のように苦しみや悲しみを、表に表現することを苦手とする者はクール、冷たい等と揶揄され、特に女性社会の集団生活を好む者たちからは阻害される。
まさに今、私が身を置く環境は典型的なこのタイプの組織で構成されていた。
明日から笑顔で仕事に行こう。
それよりも今後、どのように最期を迎えさせたらいいか、どのくらいサポート出来るのか
私たち姉妹は感情面より、起こっている現実と向き合わなくてはならなかった。
お金はいくらかかる...
介護費用..医療費..不用品回収費..
お墓はどこへ入るのか..費用は幾らかかるのか...
生活保護を受けようか...
在宅養護を受けるか...
専門の施設に入れるのか...
今日今この時 母は生きているだろうか..
やらなくてはならない事が山積みで気持ちばかりが先走りする。。
たった2時間4分の電話で私たち姉妹は今後の枠組みを話し合い
お葬式は私たち2人でやろう
そして私たち姉妹が交流を深くしている父方の親族にも知らせることを避けよう。
なぜなら母が望まない。
唯一1人母の友人と呼べる人がおり、母自らその人へ連絡をしていた。
母が何を望み、何を望まないのか。。。
密葬を希望し、お金をかけず、娘に迷惑をかけず、ただ一人静かに最期を迎えたいのだと思う
それは恐らくこれまでの人生があまりにも波乱で残酷過ぎたゆえの選択
家族がバラバラになってしまい
元には戻らないいほど絡まってしまっている今
母は誰かの世話になんてなりたくない訳で
世話になるくらいなら死んだ方がましだ。とさえ思ってしまうほどプライドが高く折れない性格の持ち主である。
それがこの母の人生で一番邪魔なものだった
幸せを逃す原因と本人も分かっていながら
手放せない不器用な人なのだ
末期癌宣告を受けても絡まったものは
元には戻らず 姉もまた同じ様に思っていたのだろう
この日の電話の最期に姉が自分の思いを話してきた
姉「ねぇ、私ね幸子さん(母)からの癌報告を聞いて真っ先に思ったこと...
...本当にお疲れさま。よかったね。お疲れさま。って思ったんだよね。」
私も同じ思いだったことを話し、最期に娘としてできることは何か。。
私たち姉妹にはお金があるわけではない。
施設へ入れることすら痛い出費となる。特に私は独身独り暮らしで個人事業主として駆け出していく最初の一年目で一番生活的に厳しい。
幸い姉は、安定した収入のある男性と結婚をしていて強力な後ろ楯をつけていた。(いーなー笑)
お互い冷静で取り乱すこともなく最後には
姉「これの感情は私たちにしか分からないよね。」
といって終わらせた。