茶の湯の銘 和歌のことば 淡交社
五島美術館に行ったとき、販売していたので買い求めて読んでみた。「茶の湯の銘」とは広辞苑では茶・酒・菓子などの固有の名とあり、その由来としては①所有者の名前②道具の形状や景色を何かに例えたもの③道具のいわれを言葉にしたもの④洒落や機知からつけたものなどに大別される。②の場合の多くは季節の風物、またそこから連想される言葉や和歌に例えられた。和歌のことばを銘にすることはいつごろから生まれたのか。そのパイオニアとして小堀遠州の名前があげられる。小堀遠州(1579~1647)は、千利休の弟子古田織部に茶を学んだ人。近江国小堀村で土豪の長男として生をうけ、豊臣秀長・徳川家康に仕えて備中松山城の代官となった父の跡を継ぎ大名となる。駿府城修造の功績で遠江守に叙任されたことから、「遠州」と通称されるが、遠州は伏見奉行をはじめ、幕府の要職を務める一方、400回近い数の茶会を開いて、幕府関係者、公家衆、町衆らと広く交流した。遠州の茶が、利休や織部と最も異なるのは王朝文化を茶の湯に持ち込んだことだった。遠州は小間での茶会に大徳寺の僧の墨蹟を掛けたあと、広い書院の床に「古今集」を飾ることもあった。遠州は茶道具を選ぶにあたっても、のちに「綺麗さび」と評される独特の審美眼を持っていた。価値の定まった唐物茶入よりも、瀬戸や高取など和物の茶入れを取り上げて、「古今集」をはじめとする和歌に詠まれたことばを銘とし、歌を箱に書き付けた。その書体も「定家様」と呼ばれる平安時代の公家歌人・藤原定家の独特の書風だった。遠州の審美眼が、歌の世界と響き合うものであったからこそ、歌銘が生まれたと考えられる。本書では三大和歌集と称される万葉集、古今集、新古今和歌集から、茶道具の銘として使えそうな言葉を選び、その語が含まれた和歌と言葉の意味を加えた。言葉の選択にあたっては、まず茶事七式(暁・朝・正午・夜咄・跡見・飯後・不時)のほか、初釜・月見・追悼の茶事など様々な状況を想定した。そして、こうした茶事にふさわしい茶道具を頭に置いた上で、美しい日本語の宝庫である和歌集から見合う言葉を選び出していった。
ここでは、万葉集、古今集、新古今和歌集から歌銘に使いたい和歌のことば680語が掲げられているが、その中から独断と偏見によりそれぞれいくつか選択して以下に掲げる。
万葉集
青馬・白馬あおうま 水鳥の鴨の羽色の青馬を今日見る人は限りなしという
青雲 北山にたなびく雲の青雲の星離れ行き月を離れて 持統天皇
秋津洲 大和には群山あれど・・・うまし国ぞあきづ島大和の国は 舒明天皇
朝明 秋風の寒き朝明を佐農の岡 越ゆらむ君に衣貸さましを 山部赤人
馬酔木 磯の上に生ふるあしびを手折らめど見すべき君がありといはなくに
網代木 もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行くへ知らずも 柿本人麻呂
天雲 この照らす日月の下は天雲の向伏す極みたにぐくのさ渡る極み 山上憶良
いささ群竹 我がやどのいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも 大伴家持
近江の海 近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ 柿本人麻呂
大曲 楽浪の志賀の大わだ淀むとも 昔の人にまた逢はめやも 柿本人麻呂
陽炎 東の野にかぎろひ立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ 柿本人麻呂
黄金・金 銀も金も玉もなにせむに 優れる宝子に及かめやも 山上憶良
潮騒 潮さゐに伊良虞の島辺漕ぐ船に妹乗るらむか荒き島廻を 柿本人麻呂
標野 あかねさす紫草野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王
李 我が苑の李の花か庭に散るはだれのいまだ残りたるかも 大伴家持
田子の浦 田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける 山部赤人
旅人 家ならば妹が手まかむ草枕旅に臥やせるこの旅人あはれ 聖徳太子
豊旗雲 わたつみの豊旗雲に入日見し今夜の月夜さやかけりこそ 天智天皇
熟田津 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな 額田王
三輪山 三輪山を然も隠すか雲だにも心あらなも隠そふべしや 額田王
結び松 岩代の野中に立てる結び松 心も解けず古思ほゆ
夕月夜 夕月夜心もしのに白露の置くこの庭にこほろぎ鳴くも
善時・吉時 新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事 大伴家持
古今集
朝朗け あさぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪 坂上是則
徒波 底ひなき淵やさわぐ山川のあさき瀬にこそあだ波はたて 素性
天つ風 天つ風雲の通ひ路吹きとぢよをとめのすがたしばし止めむ 遍照
海人の釣舟 わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人にはつげよ海人の釣り舟 小野篁
天の原 天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも 阿部仲麿
有明 有明のつれなくみえし別れより暁ばかり憂きものはなし 壬生忠岑
浮き草 わびぬれば身を浮き草の根をたえて誘ふ水あらばいなむとぞ思ふ 小野小町
うたた寝 うたた寝に」恋しき人を見てしより夢てふものは頼みそめてき 小野小町
移ろふ花 鶯の鳴く野辺ごとに来てみればうつろふ花に風ぞ吹きける
面影 夢にだに見ゆとはみえじあさなあさなわが面影に恥づる身なれば 伊勢
風の便り 花の香を風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべには遣る 紀野友則
神代 ちはやぶる神代も聞かず龍田川からくれなゐに水くくるとは 在原業平
通ひ路 夏と秋と行きかふ空の通ひ路はかたへすずしき風や吹くらむ 凡河内躬恒
呉竹 世に経れば言の葉しげき呉竹の憂き節ごとに鶯ぞ鳴く
心の秋 時雨つつもみづるよりも言の葉の心の秋にあふぞわびしき
衣手 君がため春の野に出でて若菜摘むわがころもでに雪は降りつつ 光孝天皇
桜 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平
細れ石 わがきみは千代にましませさざれ石の巌となりて苔のむすまで
五月雨 五月雨にもの思ひをれば時鳥夜ふかく鳴きていづち行くらむ 紀野友則
柵 やまがはに風のかけたるしらがみは流れもあへぬもみぢなりけり 春道列樹
静心 ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ 紀野友則
東雲 夏の夜の臥すかとすれば時鳥鳴くひと声に明くるしののめ 紀野貫之
旅寝 この里は旅寝しぬべしさくらばな散りのまがひに家路忘れて
千歳の坂 ちはやぶる神や伐りけむ衝くからに千歳の坂も越えぬべらなり
波の花 波のはな沖から咲きて散り来めり水の春とは風やなるらむ 伊勢
祈ぎ言 祈ぎ言をさのみ聞きけむ社こそ果てはなげきの森となるらめ 讃岐
橋姫 さむしろに衣かたしきこよひよやわれを待つらむ宇治の橋姫
初霜 心あてに折らばや折らむはつ霜のおきまどはせれる白菊の花 凡河内躬恒
花橘 さつき待つ花橘の香をかげばむかしの人の袖の香ぞする
春の夜 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる 凡河内躬恒
冬枯れ 冬枯れの野辺のわが身をおもひせば燃えても春を待たましものを 伊勢
冬籠り 雪ふれば冬ごもりせる草も木も春に知られぬ花ぞ咲きける 紀野貫之
澪標 君恋ふる涙の床に満ちぬれば澪標とぞわれはなりける
陸奥 陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れむと思ふわれならなくに 源融
山風 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ 文屋康秀
山分け衣 清滝の瀬々のしら糸繰りためて山分け衣織りて着ましを
夢の通ひ路 住の江の岸による波夜さへや夢の通ひ路人目よくらむ 藤原敏行
侘び人 わび人のわきて立ち寄る木のもとは頼むかげなくもみぢ散りけり 遍照
新古今和歌集
蘆 夕月夜潮満ち来らし難波江の蘆の若葉を越ゆる白波
蘆の仮寝 夏刈りの蘆のかりねもあはれなり玉江の月の明け方の空 藤原俊成
入相の鐘 暮れぬめりいく日を書くて過ぎぬらん入相の鐘のつくづくとして 和泉式部
埋れ水 春日野のおどろの道の埋れ水末だに神のしるしあらはせ 藤原俊成
掛橋 旅人の袖吹きかへす秋風に夕日寂しき山の掛橋 和泉式部
砧 千たび打つ砧の音に夢さめてもの思ふ袖の露ぞくだくる 式子内親王
雲路 声はして雲路にむせぶ郭公涙やそそく宵の村雨 式子内親王
雲のかけはし 鵲の雲のかけはし秋暮れて夜半には霜の冴えわたるらん 寂蓮
桜狩 またや見ん交野のみ野の桜狩花の雪降る春のあけぼの 藤原俊成
狭筵 きりぎりす鳴くや霜夜のさ筵に衣片敷きひとりかも寝ん 後京極摂政前太政大臣
小夜枕 松が根の雄島が磯のさ夜枕いたくな濡れそ海人の袖の上かな 式子内親王
枝折 枝折せでなほ山深く分け入らん憂きこと聞かぬところありやと 西行
芝の庵 いづくにも住まれずはただ住まであらん柴の庵のしばしなる世に 西行
玉の緒柳 山賤の片岡かけて占むる野の境に立てる玉の緒を柳 西行
玉響 玉ゆらの露も涙もとどまらずなき人恋ふる宿の秋風 藤原定家
露けき花 散り散らず人も尋ねぬ故郷の露けき花に春風ぞ吹く 慈円
露のあけぼの 忘れめや葵を草にひき結び仮寝の野べの露のあけぼの 式子内親王
露の玉梓 七夕の門渡る舟の梶の葉にいく秋書きつ露のたまづさ 藤原俊成
苫屋 見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮 藤原定家
難波潟 難波潟短き蘆のふしの間も逢わでこの世を過ぐしてよとや 伊勢
寝覚めの床 明けやらぬ寝覚めの床に聞ゆなり籬の竹の雪の下折れ
花の雫 露しげみ野べを分けつつ唐衣濡れてぞ帰る花の雫に
比良の山風 花さそふ比良の山風吹きにけり漕ぎゆく舟の跡見ゆるまで
道の空 心にもあらぬわが身のゆき帰り道の空にて消えぬべきかな
道の辺 道のべに清水流るる柳陰しばしとてこそ立ちどまりつれ 西行
見果てぬ夢 鳴く鹿の声に目覚めてしのぶかな見果てぬ夢の秋の思ひを 慈円
深山路 深山路やいつより秋の色ならん見ざりし雲の夕暮の空 慈円
森の下露 消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露 藤原定家
夕立 夕立の雲もとまらぬ夏の日のかたぶく山にひぐらしの声 式子内親王
夢の浮橋 春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空 藤原定家
夜半の月影 めぐり逢いて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月影 紫式部
忘れ形見 逢ふと見てことぞともなく明けぬなりはかなの夢の忘れがたみや
茶の湯の銘とそれを含む和歌の数々を堪能した。茶と和歌が日本文化の根底をなすといっても過言でないことを味わい、感慨もひとしおであった。
