昨日家族が集まれて先生がお話してくれたのは、次何かが起こったらその時がパパの最期だということでした
肺癌は症例もたくさんあるし、治療をできるところもたくさんあるから、うまくいけば1年、ものすごい奇跡が起きれば2年生きられるかもしれない
でも気胞、膿胸と、死ぬ確率が高い病気を乗り越えただけでも今は奇跡の連続のようで、次にそれらが再発した時はもう治らないと
間質性肺炎は難病指定されてる病気らしくて、原因もよくわかってないから治療法もよくわからないみたい
パパはそれの気腫合併型とかいうさらにややこしいやつらしく、今のボロボロの肺は一般の人なら立ち上がれないぐらいのものだとか
もう何度も奇跡は起きてるけど、肺に負担がなかったわけじゃないから、次にちょっとした肺炎とか風邪とかでも致命傷
血栓とか胸水とかのリスクもあるし、本当にちょっとした何かの拍子で命を落とす可能性が極めて高いとのことでした
1ヶ月後かもしれない
2ヶ月後かもしれない
半年後かもしれない
でも1年生きれたら御の字だと
パパの余命は長くて1年
本人には言わないことにしました
間質性肺炎の急性増悪があれば次はないと本人もわかってるけど、それは逆に言えば急性増悪がなければもっと生きられるという希望にもなってて、肺癌での生々しい余命1年は告げる必要はないよねって
あと少ししか生きられないと知ったら、悟ったら、何がしたいだろう
何を思うんだろう
独りは嫌だよね
私ですら1日中頭から離れなくて不安なのに、病院のベッドで毎朝「今日も生きてる」って思いながら起きるなんてどれだけ不安なんだろう
もしかしたら余命は2週間かもしれない
焦るとかさみしいとかとは少し違う、どうしようもない気持ちは初めて