快復してるとしか思えなかったパパの容態は、実は悪化してました


間質性肺炎はマイナーみたいでよくわからないけど、ちょっと暴発して、もう酸素ボンベなしじゃ生活はできないと

これ以上暴発したら、来月ぽっくりということもありえるらしい



仮に間質性肺炎の暴発がなくても、肺がんが実際にはもう末期のステージ4まで来てるから、余命は最長1年だろうと



主治医は、半年くらいだと思いますって



土曜は親族が集められる





正直怖い

倒れて救急車で、っていうときは勢いもあったけど、こうやって闘病しながら死を待つって怖い

苦しんでる姿を見ていかなきゃならないのが怖い



自分がもう長く生きられないと悟るのはどんなにつらいだろう

怖いよね

認めたくないよね



いよいよ、家族で話し合わなきゃいけないときがきました

あと短ければ2、3ヶ月

どうしたらみんなの後悔は少なくて済むのかな

先週土曜日の夜中、父が救急車で運ばれました

年末にはちょっと肺が痛いなーくらいで、まだまだ普通に甥っ子と遊びまわってた父の病状が悪化したのが火曜

ひとりで我慢し、姉が異変に気付いたのが金曜

すでに1人で歩くのがやっとで、話せない状態だった父はそのまま姉宅に帰宅

夜中に荒い呼吸、幻覚、速すぎる脈拍、意識混濁、ついに土曜日の夜、姉は救急車を呼びました

脈拍180、酸素濃度68%(90%を切るのも危ないそう)


膿胸という肺に膿がたまる感染症になってたらしく、右肺は2リットル以上の膿で埋め尽くされ、肺気腫でボロボロだった左肺だけでかすかに呼吸をしてたらしい

結果、もう右肺は使えないので、今後ひとりで呼吸するのは難しいとのこと


加えて肺癌に間接性肺炎


明日にでも死ぬというほどの緊急事態は一旦回避したものの、快復はあり得ないそうです


膿胸でまず4割近い人が亡くなるそうで、水泳で鍛えてた父は奇跡的に1人で歩けてたけど普通はあり得ないことみたい

肺癌も、末期ではないけど軽くもなく、抗がん剤の投与しにくいところに出来てるらしくて、食い止めることは難しいようで


間接性肺炎は詳しくわからないんだけど、発症したら治ることはないものらしく、いつ暴走するかわからないと


いま現在で診断できるのはここまでで、とりあえず膿胸の治療に全力を注ぐということでした




パパ、死ぬのかなあ

この状況になって、姉はショックを受けてる

家を出た母ですら、同情心で涙を流してる


どうして、私は悲しめないんだろう

実感がわかないのかな?とも考えたけど、自分で呼吸できずに管につながれて会話するのが精一杯な父を見ても、ショックがない

多少の驚きやパニックはもちろんあるけど、いざパパが死んだらって考えたときに真っ先に浮かんだのはおばあちゃんのことだった

92歳のおばあちゃんに、自分より遥かに若いパパの死、大切なゆりちゃんの父親という存在の死、そういうのを受け入れる余裕はないと思って

だったら、何も心の負担をかけずに隠し続ける方がいいんじゃないかって

父の死を目の前にしておばあちゃんのことしか考えてなかった

パパと2人で暮らした5年は、私が思ってるよりずっとずっと、私にとっての傷だったのかもしれない



パパ死ぬのかな

近いうちに死んじゃうんだろうな

そのとき私は、ひーちゃんは、ママは、それぞれ何を思うのかな

死ぬという重さをちゃんとみんなで一緒に抱えられるかな

家族って壊れたり離れたりするのかな

家族とか、死とか、24歳にもなってこんなに遠くの言葉に聞こえるのはなんでかな

ママには現実主義すぎるだけと言われたけど、冷たい気しかしないんだけど、でも嘘泣きしたり演技するときじゃないから、せめてそのままでいようと思うのは自分のご都合主義かな





パパが死ぬことを
悲しいとか寂しいとか思えないけど、

でも、

パパがもうすぐ死んじゃうなら、
せめてあまり苦しまないといいな

痛くないといいな


私が願えるのはそれだけかな





イライラしたら、周りに当たるより、ひとり酒。

なめろうと、日本酒。


酔って寝るってあんまりよくないけど、あったかいお店でお酒飲んでると深く考えすぎずに済むし、酒の肴系料理って美味しいし、携帯漫画読んだりメニュー見てぼーっとしたり、自由な時間なことに気づいちゃった。


1人で何かするのって恥ずかしいんだけど、やってみればそんなの気にしてるの自分だけなことを実感する。


1人焼き肉と1人BARデビューも、今年中に。