昨日、4月13日(日)の夕方、自宅の玄関チャイムが鳴りました。外に出ると、郵便局の配達員が「速達です」と言って、茶封筒を手渡してくれました。
宛名はいつものように印字された紙を切り取ったものですが、今回は比較的丁寧に貼られていました。これまでは雑に処理されていることが多かったです。
封筒の裏には、元妻の名前だけが手書きで記されていました。やや乱れた筆跡だが、かつては習字の師範だった人です。
消印は、今回も居住地とは異なる県外の郵便局のものでした。
私は封筒を手に取ったものの、すぐには開封しませんでした。中身は分かっていました。別れて暮らす息子の写真だろう。
しかし、不思議とすぐに見たいという気持ちは湧きませんでした。むしろ、この時期に写真が届くこと自体を忘れていました。
私は元妻と家庭裁判所での手続きを経て離婚しています。
調停では、子どもたちの親権は母親、私は20歳まで養育費を支払うこと、そして面会交流は認められないことが決められました。その代わり、元妻は年に3回、子どもたちの写真を送ることになっています。
4月11日は、離婚が成立した日です。2018年のことでした。
娘はこの春に大学を卒業し、医療職として働いているようです。
息子も高校を卒業し、5月で19歳になります。ただ、その後の進路は分かりません。
昨日は夜になってから、私はようやく封筒を開けています。
中には、いつものように同じ構図の写真が3枚入っていました。
写真の中の息子は、昨年より背が伸びたように見えました。
髪は黒ではなく、やや明るい色に変わっていました。卒業を機に染めたと思います。
今日、職場の親しいスタッフにも息子の写真を見せました。これまでの経緯は話してあり、子どもたちの成長も共有してきました。彼女らも同じ印象を持ったようでした。
ただ、私自身には大きな感情の動きはありませんでした。
離れて暮らし始めた頃のような強い思いは、もう湧いてきません。
私の中では、時間が止まったままです。
娘も息子も、突然別れることになった、あの幼い頃のままで止まっています。
娘については、養育費の支払いが終わった後、写真は送られてこなくなりました。
金の切れ目が、写真の切れ目になっています。
息子は、あと何回このような形で姿を見せるのでしょうか。
正直に言えば、もう封書は見たくない。
中身ではなく、その存在そのものに、嫌悪感を覚えます。
それでも私は願っています。
娘と息子が、健康で、ささやかでも幸せに暮らしていることを。
追記です;
自宅の庭です
バツイチ独身男が暮らす自宅の庭です




