東北関東大震災②
牡鹿町に向かう街並みも
何処も一緒の光景だった
山を下り街があると壊れていて
逃げれる場所などほとんど無かった
※牡鹿町の役場に到着
みんなから預かった物資を置いてきました


テレビやネットでは水が足らない、オムツが足らない、生理用品が足らない等々聞いていたけど
その場所その場所で必要な物が違う事がわかった。
高齢な方が多い所に生理用品を大量に送っても必要ないし
子供が少ない所に粉ミルクやオムツは必要ない
勿論送る人は善意を持って送るのだけど
保管場所も限られる今の現状では
その都度その都度で必要な物を送って貰いたいと言っていた
それはそれで難しい事ではあるが・・・
石巻市役所に戻り市役所の方に話を聞く
ハイエースに軽油80リットルを積んでいたので
物を運んだり、災害ボランティアで出来る事は何でもお手伝いしますと言ったところ
小学校の避難所の夜ご飯が汁物が無いとの事
昼間出会った静岡県から来た方から豚汁500人前を預かり
神戸から来たボランティアの方2名と合流
雄勝町を通り、山を抜けて大須小学校へ向かう
小学校に着いてすぐに準備開始!豚汁は静岡のチームの方が静岡で作り、温めるだけで食べられるので比較的スムーズに準備完了
避難所のおばさま方にも手伝ってもらって

なんとか終了
中学生の子供達とも色々な話をした

みんな疲れているのに手伝いをしてくれて
『みんな本当にありがとう今日は汁物なかったから助かったよ』
その一言で充分だった
中学生もおばさま達も笑顔がありました!ボランティア活動も1人では出来ません
お金を出す人
現地にいく人
ネットで活動報告をする人等々いますが
みんな出来る事を出来るだけやっていきましょう!
今回の大災害で命を落とされた方のご冥福を心より祈ると共に
明日からまた東北に行き
出来る事を出来るだけお手伝いしてきます
今回の物資を提供して下さった
平井ジムの関係者の皆様
ありがとうございました!。
平井ジムの迅速な協力のお陰で各地方に物資を運べました
みんなありがとう!!
何処も一緒の光景だった
山を下り街があると壊れていて
逃げれる場所などほとんど無かった
※牡鹿町の役場に到着
みんなから預かった物資を置いてきました


テレビやネットでは水が足らない、オムツが足らない、生理用品が足らない等々聞いていたけど
その場所その場所で必要な物が違う事がわかった。
高齢な方が多い所に生理用品を大量に送っても必要ないし
子供が少ない所に粉ミルクやオムツは必要ない
勿論送る人は善意を持って送るのだけど
保管場所も限られる今の現状では
その都度その都度で必要な物を送って貰いたいと言っていた
それはそれで難しい事ではあるが・・・
石巻市役所に戻り市役所の方に話を聞く
ハイエースに軽油80リットルを積んでいたので
物を運んだり、災害ボランティアで出来る事は何でもお手伝いしますと言ったところ
小学校の避難所の夜ご飯が汁物が無いとの事
昼間出会った静岡県から来た方から豚汁500人前を預かり
神戸から来たボランティアの方2名と合流
雄勝町を通り、山を抜けて大須小学校へ向かう
小学校に着いてすぐに準備開始!豚汁は静岡のチームの方が静岡で作り、温めるだけで食べられるので比較的スムーズに準備完了
避難所のおばさま方にも手伝ってもらって

なんとか終了
中学生の子供達とも色々な話をした

みんな疲れているのに手伝いをしてくれて
『みんな本当にありがとう今日は汁物なかったから助かったよ』
その一言で充分だった
中学生もおばさま達も笑顔がありました!ボランティア活動も1人では出来ません
お金を出す人
現地にいく人
ネットで活動報告をする人等々いますが
みんな出来る事を出来るだけやっていきましょう!
今回の大災害で命を落とされた方のご冥福を心より祈ると共に
明日からまた東北に行き
出来る事を出来るだけお手伝いしてきます
今回の物資を提供して下さった
平井ジムの関係者の皆様
ありがとうございました!。
平井ジムの迅速な協力のお陰で各地方に物資を運べました
みんなありがとう!!
東北関東大震災
3月26日より3日間
福島県と宮城県に行ってきた
今回は仲間の協力と先輩方の協力で支援物資を車二台分で行った
※福島県田村市
田村市は地震の被害は殆どなく、やはり心配事は原発問題だと、床屋の方と市の方が言ってた
田村市では水10ケースを置いて来ました

車を走らせ仙台へ
※宮城県仙台市へ到着
食事をして車にて就寝
本当に温かい布団が欲しくなった
車で寝起きをするのは本当に疲れる
※石巻市役所を目指し車を走らせる
海沿いは本当に悲惨な街並みしかなかった
車は潰れ、コンビニは看板だけが残り建物は殆ど基礎だけを残し跡形もなく無くなり
改めて津波の恐ろしさを感じた

石巻公民館に到着
色々な方と色々な話をした。皆口を揃えて
『チリ地震の時とは比べ物にならない』と言っていた
石巻市役所に行き各地方の現状を聞き、支援物資の行き届いていない所を聞き向かう
※雄勝町に向かう
雄勝町に向かう橋が壊れていた

北上川は川幅が広く橋も高いが壊れていた
緑色の鉄骨まで水が来ていたと聞いた・・・

北上川の付近は何処も酷い状況だった

行ける道を探して雄勝町に向かう
雄勝町は壊滅状態だった



小学校の屋上には家があり、建物の屋上にはバスがあった
役場の方の話だと
チリ地震の時は小学校の校庭に船があったと聞いた
今回の津波はそれ以上であったと・・・
小学校の屋上に避難した子供も、みんな流され
100人中80人もの子供が亡くなったと聞いた
この街で津波から逃げる建物を探したが何処にもなかった
役場の方に物資を渡す

※牡鹿町に向かう
福島県と宮城県に行ってきた
今回は仲間の協力と先輩方の協力で支援物資を車二台分で行った
※福島県田村市
田村市は地震の被害は殆どなく、やはり心配事は原発問題だと、床屋の方と市の方が言ってた
田村市では水10ケースを置いて来ました

車を走らせ仙台へ
※宮城県仙台市へ到着
食事をして車にて就寝
本当に温かい布団が欲しくなった
車で寝起きをするのは本当に疲れる
※石巻市役所を目指し車を走らせる
海沿いは本当に悲惨な街並みしかなかった
車は潰れ、コンビニは看板だけが残り建物は殆ど基礎だけを残し跡形もなく無くなり
改めて津波の恐ろしさを感じた

石巻公民館に到着
色々な方と色々な話をした。皆口を揃えて
『チリ地震の時とは比べ物にならない』と言っていた
石巻市役所に行き各地方の現状を聞き、支援物資の行き届いていない所を聞き向かう
※雄勝町に向かう
雄勝町に向かう橋が壊れていた

北上川は川幅が広く橋も高いが壊れていた
緑色の鉄骨まで水が来ていたと聞いた・・・

北上川の付近は何処も酷い状況だった

行ける道を探して雄勝町に向かう
雄勝町は壊滅状態だった



小学校の屋上には家があり、建物の屋上にはバスがあった
役場の方の話だと
チリ地震の時は小学校の校庭に船があったと聞いた
今回の津波はそれ以上であったと・・・
小学校の屋上に避難した子供も、みんな流され
100人中80人もの子供が亡くなったと聞いた
この街で津波から逃げる建物を探したが何処にもなかった
役場の方に物資を渡す

※牡鹿町に向かう
勝手に応援ブログ第二弾 ダチ 大嶽正史
今回はボクシングを心から愛する男
杉並が生んだボクサー
大嶽正史の応援ブログです
簡単なプロフィール
1979年6月10日生まれ
身長164センチ体重52kg

20歳過ぎからボクシングを始め今31歳のボクサーです
一言で言うと
誰にでも熱く
誰にもやさしく
誰よりもボクシングに非常に熱い男であります(‐^▽^‐)
デコ光りもデビュー戦から応援している男で
ボクシングという過酷な世界で10年以上 戦い続け、世界を本気で狙える男
そんな大嶽正史に試合が決まりました
日時:4月25日(月)18時
場所:後楽園ホール
このブログを見ている方
ボクシングが好きな方
熱い試合を見てくれやぁ(‐^▽^‐)
大嶽家族に勝利を祈る


チケットの問い合わせは
チケットピア「デコ光り」まで

勝手に応援するからな(‐^▽^‐)
祝☆平井ジム オープン
さーて始まりましたよ:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
「勝手に応援ブログ第一弾」
このブログは頑張っている仲間を勝手に紹介していく
お節介ブログです
記念すべき第一弾は心友で先生でもある
平井明道先生です
じゃじゃーんヾ(@^▽^@)ノ
平井明道
黒いまずは先生の紹介を
広島県出身
ボクシング経験を経て
東京で倉本成春先生の元
厳しい修行に耐え
心技体、礼節を学び
3年前から平井ジムを開き
この度大塚駅前でキックボクシングジムオープンとなりました
まず新しくオープンするジムの様子です

じゃーんヾ(@^▽^@)ノ

プロの選手を目指す人はもちろん
キッズコース
女性のフィットネスコース(女性の方も数多く入会しております)
幅広く随時無料体験もやっております
興味のある方は平井ジムブログ参照の上
体験してみて下さい
熱血指導で教えてくれますので
よろしくお願いしますヾ(@^▽^@)ノ
それでは平井先生
頑張れ
