母の病気は当初、余命半年の宣告でした。
結果的には1年も母は頑張りました。
その時、父の母に対する愛情をより深く知ることができました。
もともと父は母のことが大好きで、
記念日にはいつも花束を買って帰宅。
小さい頃は、
それが普通のことだと思ってました。
大きくなって、
初めてまめな男性って
思ったより少ないのだと知りました
そんなまめな父の娘に生まれたのに、
私が母に会いに地元に帰った数は、
かなり少ない。
母がメール等で元気に見えたから
仕事が忙しかったから
帰るのにお金がかかるから
いなくなってから、
必死に理由を考えました。
言い訳です。
最初は1週間に一度帰っていたのが、
2週間に一度になり、
月に一度になり、
2ヶ月に一度になっていった。
薬で、最後の見舞いは眠ったまま
話をすることはできませんでした。
その翌日には永い眠りにつきました。
葬式にも関わらず、
仕事の電話もきた。
仕事をしに会社にもいった。
後片付けをしている中で、
母が最後まで私の心配をしていたことを知った。
そこから、
私は仕事量を減らしてもらうこと、
それが出来なければ退職の意を
会社に示しました。
半年と少し、ずーっと話合いを続けたけれど、後任も入らず、働く時間も変わらない日々が続いた。
そんな中、私のお腹の中でひとつの命が生まれました。