12年前、ファイターズに入りたいと泣きながら駄々をこねて母を説得。野球に熱中していた俺は、野球が楽しくて、野球が生活の中心で、人生の楽しみだった。中学でもひたすら野球に打ち込んで、キャプテンにも立候補、県大会優勝を目標に掲げて毎日を過ごしてきた。
高校入学の際、さらに高いレベルで野球がしたくて、親の反対を押し切って、大府高校を選ぶ。レギュラー獲得を目指した。そこで、ポジション争いに負ける。ベンチ外、マネージャーも務めた。トランペットも吹いた。このときからだろうか、絶対にその悔しさを晴らすには、将来大きなことを達成させるしかないと思うようになり、夢を持って、その夢に向かって自分の生きることが生き甲斐になった。味わった悔しさ、屈辱が原動力になっていた。そして夢に向かって努力することこそが人生のテーマであることを全く疑わなかった。
大学時代、大きなことを達成させるためには、世界に出ることが必要だと思い、英語を始める。留学のために準備をし、こつこつと勉強をした。全てが留学のためだった。将来国際的に働くことにステータスを感じていた。留学は満足のいくものだった。帰国後はアセアックやスピーチコンテスト、メキシコにも行った。コツコツ努力した分が報われた頃かもしれない。将来はイベントプロデューサーになって、世界的なイベントを企画したいと思うようになって、その目標を達成するために生きていくつもりだった。それこそが人生の意味だと思っていた。
でも就職活動をして感じたことがある。社会ではみんな他人のために働く。そして他人を幸せにすることが自分の幸せになる。今まで全く考えたことがなかった。今まで自分のため、夢を叶えるためだけに生きてきたから。自分を優先して、思い通りに行かなければ行き詰って、夢への道への障害になると思ったら、嫌悪感を出し、負のオーラが出ていた。不満が態度に表れることもあった。なぜならば、入りたい企業に入れる学生はほんの一握りだからだ。夢ばかり見て、地に足が着いていなかった。そして、その生き方がいかに窮屈で、周りに悪影響を与えているか気づかなかった。
夢を叶える事がそんなに大事なことなのだろうか。みんなに凄いと思ってもらうことが、そんなに素晴らしい事だろうか。
一度きりしかない人生で、後悔しない人生を送りたいと思っていた。後悔しない人生は、夢を叶えることだと思っていた。今は、そうではないと思う。自分の今いる場所で、立場で、自分のできることを精一杯すること。それこそが、岩田康裕だけが出来ることで、後悔しない人生だと思う。
人それぞれの価値観によって生き方は違うのは当然だと思う。俺は地に足をつけて、一秒一秒を精一杯生きることに生き甲斐を見出したいと思う。
やす