増穂町のマンホールの蓋を撮していました

アヤメの花と松の木に囲まれて、建物がありますね
その日は午後から、ばぁ(=^^=)ちゃんと出かける約束をしていたので、真っすぐ帰るつもりでしたが
マンホールの蓋の図柄が気になり、増穂町に戻ってしまいました
この建物は【つきよね学校】と言います

『春』の字の『日』の部分が『臼』になった字ですが‥変換できません(^_^;ヨミカタガ‥
明治9年に、小さな山間地域に開校した学校です
生徒数が増えた大正10年からは、村役場庁舎として使われました
昭和49年に民俗資料館となり、教育・行政の中心の役目を果たしてきた建物です

藤村式建築と呼び、県初代の官選知事の藤村紫朗が推奨した擬洋風建築で
最上階の3階は六角形で、授業の開始・終了を告げる大太鼓が設えてあり、太鼓堂と呼ばれています
木造のラセン階段で3階へ昇れました

屋根には『しゃちほこ』が乗っていました(@_@)

館長さんがとても親切にして下さり、時間の経つのを忘れてしまいました
大変(・ω・)/
ばぁ(=^^=)ちゃんが待ってます彡彡